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僕は、真っ暗で狭い空間の中に、身動きも出来ずに閉じ込められていた。 僕の入れられた箱を運んでいる人々の足取りが伝わってきて、僕は、気分が悪かった。 僕は、生贄だった。 毎年、ラダンの月の新月の夜になると、人々は、神の社に生贄を一人差し出す。 最初の頃は、街の子供たちの中から、生贄は、選ばれていたらしい。 今は、違う。 今日、この日に、神に捧げられるために生まれる人間を人々が造り出すことにしてから、もう、かなりの年月が経っていた。 僕には、名がない。 僕は、神につかえる者たちの手で造り出された人でない、何かだった。 人間たちは、僕のことを、ラマナと呼んでいた。 それは、生贄の供物という意味の言葉だった。 僕は、産まれた時から10年の間、人々の手によって育てられた。 人々の世界とは、隔てられた場所で過ごした僕には、人々のことも、自分が何なのかすらもわからない。 ただ、人々は、僕に優しかった。 「ラマナよ」 年老いた神官は、僕を見つめて言った。 「人間を恨んでは、いけない。お前にも、わかるだろう。たった一人の者の犠牲で全ての他の人々が救われるのなら、こうすることが正しいのだと」 僕は、何だかよくわからないままに、頷いて過ごしてきた。 神の供物とはいえ、僕が必要以上に恐れの感情を持つことは、なかった。 何故なら、神は、僕を殺したりは、しないだろうということがわかっていたから。 この世界の神は、隔絶されている。 全ての神は、各々一人で存在していた。 何でも出来る力を持っているからだ、と、神官たちは、僕に言った。 神というものは、他者と理解し合う能力だけが、欠如しているのだ。 人間とは、違う。 「神とは」 神官たちは、僕に言った。 「この世界という繋りから隔離されているものを言うのだ」 全ての世界は、繋がっている。 全ての生き物、植物、何もかもが巨大な繋りの中で存在している。 それを人々は、宇宙の魂と呼んでいた。 人は皆、宇宙の魂の中の一部だった。 全てが、理解されている。 それが、この世界だった。 だが、神は、違う。 この世界が造り出した壮大な意識の輪の外にいる、何か、理解出来ないもの。 それが、神だった。 神は、自分以外の何者からも隔離されている。 その為なのだろうか。 神々には、神々同士の間では、子を成すことが出来なかった。 そのままでは、神もいずれ、滅んでしまう。 神が滅ぶことを防ぐために、神は、人々に生贄を望んだ。 だから、ラマナとは、神の母という意味もあった。 僕たち、生贄は、いずれ、神を産むものとなるのだから。 今夜、世界各地で、僕と同じラマナたちが神の元へと捧げられていることだろう。 皆が、そのために産まれてきた。 そのためだけに。 僕は、揺れる箱の中で思っていた。 僕の神は、どんな神なのだろうか、と。 「どんな神を望む?」 たぶん、箱を運んでいる誰かの意志が、僕に触れた。 僕は、応えた。 「どんなでも、いい」 所詮は、神だ。 理解出来ない存在なら、理解出来ないままでかまわない。 僕に望まれていることは、子を成すことであって、神を理解することでは、ない。 僕は、目を閉じ、心を閉じた。
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