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重雄も手元を覗き込み、フロアの地図を、じっと見詰め、申し訳なさそうに低く呟く。
「おっとっと……シャワー室と近い位置だ。これは、先に寄っておけばよかったですね。自分のことばっかりで……配慮が足りずに、すみませんね……。近道できないかな……」
千尋やキーラは、慌ててかぶりを振った。重雄の丸まる猫背にそっと手のひらをやる。
「いやいや、シゲちゃんは何にも悪くない」
「何にも謝ることはないよ。気にしないで。俺がスマートじゃなかったよね。ごめんよ」
要領はよくなかったが、急いでいたので、そこまで気が回らなかったのだ。二人とも。仕方ないと二人を励ましたキーラは立って、そこにある重いトートバックを手に持った。
「ああ、大丈夫ですよ。俺が運びますんで」
重いものは持たせられないと気を遣った。だが彼女は特に気にしていない様子である。なかなか肩に担ぎ上げる姿は、ワイルドで、爽やかなハンサムウーマン。格好いいのだ。
ふとした時に千尋もときめきを隠せない。やはり恋をしている。恋人になってからも。彼女といると、何よりも、ほっとするから。
「エレベータが来たよ! さあ、行こう!」
パワフルな彼女。先を颯爽と歩いていく。彼らは勇気と元気を貰い、荷物を背負った。
「行くぞ。置いていくぞ。さあ、立った!」
その登山用のリュックサックを背負って、座り込んだままの桜介の手を引いた千尋だ。
もう立ち上がれずに、へにゃんと力尽き、本来の姿でもあるサビ猫に変身した桜介を、やれやれと重雄は胸に抱き、周りに隠すと、慌てて、エレベータに駆け足で乗り込んだ。
一部始終を見ていた人々は目を丸くした。化け猫だと、怪訝そうな表情をしもしたが、彼らはしれっと素知らぬ顔でやり過ごした。周囲を気にしないキーラも、にこにこして、霊獣の頭をそっと手のひらで優しく撫でた。
◇◇◇
あっという間にエレベータは二階に到着。勢いよく押し流されるように廊下に出ると、藍色の薄暗い蛍光灯の明かりに照らされた、窓のない広々としたフロアで、立ち止まる。
どうやら、コインロッカーのある場所と、逆方向に押し流されてしまったようだった。エレベーターに乗った人々は、併設された、コンビニや薬局へと向かったようでもある。
「寒い。急に寒い」「クーラー、効きすぎ」
「何、ここ、地下?」「はい、暗いですね」
今度薄着になった彼らはぶるりと震えた。地下はシャワー室が設けられているせいか、空気がひんやりしていてジメッとしており、また空調が効き過ぎていているせいなのか、人が多い様子でも、肌寒いくらいであった。
「うん、ちょっと、寒いね。何でだろう?」
「多分、そういう病棟なんじゃないかな?」
キーラは腰に結んだナイロンパーカーを、着直し、霊安室のプレートを見つけ、納得。しかし特には話に触れずに、また歩き出す。気を遣った千尋も話を逸らすように相槌を。
「汗をかいたからじゃないですかね……?」
「身体を冷やさないように気をつけないと」
湯湯婆がわりの錆猫を胸元に抱いている、重雄は独りぬくぬくして、暖かそうだった。
「何か、食後の珈琲かお茶でも飲みたいね」
まったりした言葉を静かに囁いた千尋も、いそいそとフリースジャケットを羽織った。
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