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※病院に通院がてら先輩のお見舞いに
――――数ヶ月前。
彼らの住む異界の地『百花の処女地』の、南東部にある庶民的な下町『玉蜀黍町』に、妖怪の鵺や雷獣が現れ、大嵐に見舞われた。
その夜、ひょんなことから異界に転生し、魔界の妖の小国『かかめ』が出身の少年が、運命的に、鎌鼬という恐ろしい妖怪の姿で、廃ビル兼アパートに現れ、奇襲された彼ら。
その廃ビルで、大雨を凌いだメンバーは、千尋、桜介、重雄のバンドマン三人組みと、女学生のキーラ、そして転生した諭の五人。五人は数々の困難を乗り越え、夜を越えた。
そんなこんなで、近所にある救急病院に、古傷を抱える鎌鼬の諭少年は、緊急入院し、転生したせいか『記憶喪失』の症状があり、医師の診断や、治療を受けることとなった。
また、我を忘れた鎌鼬に襲われてしまい、怪我を負った千尋や桜介も通院することに。
その日も保護者のキーラや重雄も伴って、『MAIZE救急医療センター』を訪れていた。襲われた彼らの怪我も心配であったからだ。
生憎の雨模様。秋が近いため雨ばかりだ。早朝のクリニックは霧で霞みがかっていて、古い建物だからかホラーチックでもあった。
「うわあ、今日も混んでいるね。いっぱい」
「下手したら、傘とか長靴とか間違うかも」
「うんうん、盗られるかも。どうしようか」
「別に、盗られても困らないけどな……!」
アルミ製の靴箱は、いっぱいだったので、取り敢えず、隅の方で長靴を置いて乾かし、千尋たちは広々とした待ち合い室を見渡す。
休日だからかクリニックは混雑していた。病院内は、嵐の被害で避難した人間たちで、込み入っており、人熱れでむっとしている。
『百花の処女地』は蘇りの地で、幻の地。魔物や妖精や亜人などが棲むここ辺境では、その全てが真に人間だとも限らなかったが。
待ち合い室の席はお年寄りから子供まで、老若男女で埋まり、空席なら見当たらない。同様に、見た感じは、老若男女といっても、その正体なら分かったものではないけれど。
ともかく人間のふりをしている者たちは、正体が魔法使いでも、魔物でも、妖怪でも、一様に人畜無害といって問題はないだろう。ここは人間界とそう変わらない環境だから。
背凭れのあるソファがテレコに配置され、数列の波状の線形を描く待ち合い席の脇を、重雄と会話もなく、千尋も歩いて横切ると、どこからか何か美味しい匂いが漂って来た。
「ん?」
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