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★PROLOGUE:01 恋人たちの幻の声
夏の終わり。訳もなく寂しくなる季節だ。どうしてだろう。秋の空には孤独を感じる。恋人と会ってデートして、別れ際には特に。
柔らかく折れた腕を絡め、手を繋ぐのも、指先を解くのも、もどかしいような気持ち。
――次は、いつ会える? 必ず電話するよ。
言葉に悩む。まだ自然には口にできない。嫌われたくないから。男として情けないし。色々と理由はある。脳味噌が膿むくらいに。
相変わらず頭の幸せな悪友共は元気だし、近頃は、全く悲しいことも起きてはいない。皆んなで食べた豚しゃぶも美味しかったし、何もかもが、上手くいっているはずなのだ。
「次は、ハヤシライス、食べに行かない? それかプリンを。兄貴に頼んでおくからさ」
――やっと言えたのは、他愛もないことで。
実家の洋食屋に誘ったのも勇気が要ったが彼女が笑ってくれたら、もう、それでいい。
「それもいいね! お兄さんによろしく!」
素敵なガールフレンドだって、側にいて、ギターも新調したし、新盤も手に入ったし、一晩中、悪友たちやバンド仲間と騒いだり、飲み会をやったり煙草だって好きにできる。これ以上、特に必要なものなんて何もない。
それなのに、知念千尋は上の空で物憂げ。心の真ん中を埋める何かを常に探している。あの夜、彼女が何て言ったか思い出せない。目の前にいる恋人が、手を放す瞬間も――。
「もう十年来の恋人同士みたいね、私たち。ねえ、――初めて会った日を思い出せる? それから、あんな嵐の夜は二度と来ないわ」
月見里キーラは不思議な表情で、顔を覗き込み、含み笑いを浮かべ、透き通る眼差し。思い出話なんて急にするから余計に寂しい。考えていることなんて超能力を使ったって、分かるはずもなく、悩ましいため息を一つ。フッと笑って、瞳を見詰め、言葉を返した。
「はい、ほんと、全く信じられないような、色んなことがこの夏は起きましたよね……。正に、十年分の出来事くらいのボリューム」
「きっと、君の日頃の行いが悪いせいだね」
勿体ぶる彼女は、少し悪戯っぽく笑って、寂しがり屋な彼の肩にこつんと肩をぶつけ、しっとりと瞳を覗き込む間にも茶化すから、しんみりムードの中、引き止めたくなった。
「待って……。悪さなんかしていないよ?」
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