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せっかくの日曜日。先週までは、教会から帰った後は昼飯を食べて一人でのんびり過ごせていたのに。
「音弥は何色の水着なんだ? お揃いにしようぜ」
「そういうのセクハラだからな」
三駅先にある大きな駅ビル。五階の催事場では水着フェアが行なわれていた。当然だけど女性用が大半で、男用の水着は隅の方で申し訳程度のスペースしかない。
涼し気な恰好をした女の子達が、はしゃぎながらカラフルな水着を見ている。何だか気恥ずかしくて、俺は縮こまりながら「早くしろよ」と勇星に言った。
「どれがいい、音弥くん」
「どれだっていいよ。早く選べってば」
「やっぱこの肉体美を強調するなら、ビキニタイプの方がいいかね」
「駄目!」
俺はラックにかかった売り物の水着を物色し、中から目に付いた一枚を抜いて勇星に押し付けた。綺麗なターコイズブルーに葉っぱの絵が入った、サーフパンツ系の水着だ。
「ありがと、音弥。お前が選んでくれたこれにするよ」
「別にお前のために選んだ訳じゃない。さっさと試着して買ってこい。サポーターも忘れるなよ」
「ついでにサンダルも買っとくか」
数分後、試着室から顔を出した勇星が俺を手招きした。
「じゃん。どうよ」
「……普通。別にいいんじゃない」
悔しいが、予想通りいい体をしている。腹筋は割れているし胸板も厚いし、上腕も太くて、腰の位置も高い。ルネッサンス時代の彫刻か。
「見惚れんな、照れる」
「………」
無言でカーテンを閉め、催事場横のベンチへ向かう。
とにかくこれで任務完了だ。付き合ってやった代わりに昼飯を奢らせて、それから夕飯の材料も買わせよう。
「お待たせ、音弥」
「別に待ってない、……けど」
座っていた俺の膝の上に、店の袋が乗せられる。
「……なに?」
「選んでくれた礼。安物だけど、お前の分のサンダルも買っておいた」
中を開けてみると、そこには白いシャワーサンダルが入っていた。
「あ、……ありがとう……。かっこいい……」
「俺のは黒。お揃い」
「………」
「ついでに昼飯奢ってやるよ。音弥の食いたいモン食いに行こ」
さっさとエレベーターの方へ行ってしまう勇星の背中をしばし眺めた後、俺は慌てて立ち上がり、首を振った。
──あんなことをされたんだぞ。物に釣られてなるものか。
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