思いと気持ち

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「音弥」  目を開けた勇星が、俺に言った。 「初日に海で歌ってた曲、歌ってくれるか」 「で、でもあれは俺が勝手に歌詞作って歌ってただけで……。その歌詞だって、聖書から適当に抜いた節をちょっと変えて入れただけだし──」 「いいから、歌え」 「は、恥ずかしいよ、いきなり……」  勇星がポケットから銀色の何かを取り出し、指で弾いて俺の耳元へ近付けた。 「これが『ラ』だ。声で同じ音を出してみろ」  小さな金属が弾かれたことにより中で振動し、完璧な『ラ』の音を作り出している。まだ混乱していた俺だけど、勇星の言葉にハッとして口を開き、言われた通りに同じ音を出した。 「始めの音は『ラ』。良かったな簡単で」 「らー、らー。早く勇星、忘れないうちに早く」  金属をポケットにしまった勇星が、代わりに、俺の前に右手をかざす。 「───」  何ということだろう。  俺が勝手に想像した歌詞が、あのピアノでしか聴いたことのないメロディが、勇星の手で、その指先で、一つの独唱曲となってまとまって行く。  天よ 今こそ主の御名を讃え  大地よ その御業を果てまで伝えよ  門よ開け、栄光の王のために  軍勢よその御前に跪き崇めよ 「………」 「……ありがとうな」  腕を下ろした勇星は、力なく笑っていた。 「その曲のタイトルは『Genesi』──イタリア語で『創世』」 「あ、……」 「俺が作った曲だった」  音もなく、惚けた俺の頬を涙が伝った。  俺の頬を拭う勇星の指先は温かいのに、その笑みはどこか寂しげだ。どうしてそんなに寂しそうな顔をするんだろう。勇星らしくないのに。勇星はいつだって自信満々で、不敵に笑っていたはずなのに。  心の中には色々な感情が混ざり合っていたけれど──俺は、手の甲で乱暴に涙と鼻を拭き、勇星に向かって飛び切りの笑顔を見せた。 「いい曲だな。さすが、勇星だって思うよ!」 「………」 「この曲、俺……昔から大好きで」  無様に崩れていく笑顔を隠すように、勇星の胸に飛び込む。 「大好きなんだよ。……ずっと大好きだった」 「だから言っただろうが、お前は俺を認めてくれたって」  腕の中、聞こえる勇星の声はいつもの勝ち気なものだった。 「お前が歌ってくれたから、俺もまた曲を作りたくなった。だから夜の海を見にきたんだけどよ。……まさかお前の鼻水をシャツで拭かれる羽目になるとは」 「ご、ごめん……ごめん、ゆうせい……ごめんな」 「はあ。いいよ、もう。存分に拭け」 「ごめ、……ありがとう……」  頭を撫でてくれる勇星の手が、俺の後頭部を軽く叩いた。促されて顔を上げた俺の唇に優しく、暖かな唇が押し付けられる。  少しだけ明るくなった星空の下。  俺達はいつまでもずっと、星に見守られながら触れるだけのキスをした。
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