秋の遠足と勇星の楽譜

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秋の遠足と勇星の楽譜

「あっつい……」  色々なことがあった勇星との旅行から一週間──世間は夏休み後半だ。新しく届いたオルガンを礼拝室に運び終えた俺達は、噴き出る汗をタオルで拭いながら新品のそれを眺めていた。 「ありがとう、みんな」  見谷牧師がいつもの穏やかな笑顔で、俺と海斗、そして勇星の顔を順番に見る。 「こんなに立派なオルガンを置くことができるなんて、まさに神の導きだ」 「大袈裟ですよ、園長!」  海斗が頭の後ろで腕を組み、笑う。八月の頭からハワイに行くと言っていた通り、元々浅黒い肌は更に真っ黒に日焼けしていた。 「どうだ、このオルガン初めての音を出してみたい者は──」 「俺っ!」 「俺だ」 「お、俺も──」  俺達三人は一斉にオルガンへ向かって手を伸ばし、結果、三人して互いの頭をぶつける羽目となった。勇星が海斗を羽谷締めにし、海斗が俺にコブラツイストをかける。揉みくちゃで滅茶苦茶な三つ巴の争い。見谷牧師は傍らで茫然とそんな俺達を見ていた。 「や、やった……!」  何とか俺の指が鍵盤に届き、初めての音「ド」を出すことができた。 「くそっ、音弥くん汚ねえぞ!」 「音弥てめえ……」 「やったけど……俺が一番被害デカいんだけど……」 「ふっ、あははは……!」  普段は争いを嫌う性格なのに、こんな時に限って見谷牧師は笑うだけだ。腰に手をあて、元気があっていいぞと声をあげて笑っている。 「ところで、みんな」  ひとしきり笑い終えた牧師が、目元を拭ってから俺達に言った。 「今年はクリスマス礼拝の時に、子供達の劇とは別で、降誕の聖歌を合唱したいと思うんだ。どうかな?」 「いいじゃないですか。賛成です」  俺が言うと、横で海斗も頷いた。  クリスマス礼拝は子供達のキリスト降誕劇がメインで、その他はいつも通りの讃美歌に説教と、やることは他の礼拝の時とあまり変わらない。クリスマスの聖歌は子供達も大好きだし、合唱は前々からやりたいと思っていたことだった。 「そこで、勇星にぜひ子供達への指揮をお願いしたい。頼まれてくれるか?」 「……曲は?」 「私としては、『牧場(まきば)に星がきらめき』を予定している」  勇星が下唇を突き出し、腕を組んで沈黙する。 「子供達に歌うことの喜びを教えてやって欲しいんだ。きっとお前ならできる。勇星」 「ゆう先生、俺もまた指揮されながら伴奏したいよ」 「俺も歌いたい」 「………」  勇星が渋っているのは、教える相手が子供だからだ。元気いっぱいで、数分だってじっとしていられないわんぱく小僧と娘たち。彼らは知っている伴奏を聴けば勝手に歌い始めるが、知らない歌を一から教えるとなると相当苦労しそうでもある。 「やってみてもいいんじゃない? 道介も喜ぶと思うよ」 「……お前ら、ちゃんと協力するだろうな。二十人のチビ共を全部俺に押し付ける気じゃねえだろうな」 「そんなことないって。俺も海斗もちゃんと協力するよ」 「うんうん、子供の扱いは俺達の方が慣れてる部分もあるしね」  それなら、と勇星が渋々承諾してくれた。  クリスマスは俺も大好きな行事だ。この時期に歌う讃美歌も特別に好きだし、子供達の降誕劇も二年連続で感動し泣いている。礼拝とは別に教室でもクリスマス会をやって、ケーキやクッキーを皆で食べて、見谷牧師の温かい話を聞いて。  まだ夏休みも終わっていないけれど、今から待ち遠しくて仕方がない。しかも今年は勇星もいる。勇星の指揮でまた歌えるんだ。それも大勢で──早く歌いたい。 「それから九月からの遠足は、例年通り行き先は『南山市どうぶつ公園』。十月の運動会も例年通り、押川小学校の校庭を借りて行ないたいと思う」 「町内会のこども祭りと、バザーと秋祭りも楽しみですね!」  わくわくしながら牧師に言うと、背後で勇星に「ここの奴らは遊んでばっかだな」と笑われた。確かにその通りだけれど、何しろ俺の子供時代にはなかったイベントばかりなのだ。大人になってから遊びに全力を出したって罰は当たらない。  俺の夏も、これからの秋や冬も、そして春も。  きっと楽しいことばかりだ。
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