秋の遠足と勇星の楽譜

5/6
前へ
/72ページ
次へ
 それから芝生で鬼ごっこをして、アスレチック広場で遊んで、気付けばあっという間に帰る時間となってしまった。疲れ知らずの子供達も流石にエネルギーを使い果たしたか、帰りの電車では殆どの子が眠ってしまっていた。 「俺も眠いんだけど」 「ゆう先生は寝ちゃダメっすよ」  そう言う海斗も眠そうだし、俺も眠かった。今日一日、本当に充実していた証拠だ。 「親父が一番眠そうじゃねえかよ」  つり革に掴まってうとうとしていた見谷牧師がハッとして、照れ臭そうに笑う。 「すまんすまん。もう大丈夫だ」 「無理すんなよ爺さん、席空いたら座って寝ろ」 「ありがとう勇星。でも大丈夫、お陰で目が覚めたよ」 「……ゆう先生って、優しいんだかぶっきらぼうだか分かんない人だよなぁ」  押川町に到着し幼稚園へ戻り、簡単に帰りの会をして、子供達は寝ぼけ眼のままそれぞれ迎えにきた親と帰って行った。 「いやいや、皆も暑い中よく頑張ってくれた。お疲れ様!」 「あー疲れた。でも楽しかった!」  帰る支度をして戸締りを確認し、四人で園の外へ出る。午後五時、空は暗い。まだまだ暑いと思っていたけれど、確実に陽は短くなっていた。  門の前で見谷牧師と別れ、一つ目の角で海斗と別れる。  俺と勇星はアパートまでの道のりを一緒に歩きながら、今日の出来事を振り返っていた。 「テルキのフォローしてくれてありがとう、勇星。でも実はちょっとヒヤヒヤしてたよ」 「俺としては別にバレても構わねえけどな。親父も偏見は持ってねえし、チビ達の親から苦情がきても堂々と反論できる」 「……牧師って、勇星がゲイだってこと知ってるの?」  目を丸くさせて問えば、あっさりと勇星がそれに頷いた。 「ああ、ガキの頃からな。一時期それに悩んでた時もあったけど、親父が『気にするな』って言うから気にしなくなった。同性だろうと異性だろうと、人を愛する心の素晴らしさってのは変わらないんだってよ」 「そうなんだ……」  視線を足元に移し、少しだけホッとする。  どこか後ろめたさを感じていた勇星とのあれこれを、何だか大きな存在に許されたような思いだった。心のつかえが取れたというか、俺という人間を認めてもらえたというか。  俺達は間違っていない。だから、隠れたり逃げたり恥ずかしがることもない。 「……お?」  こうして勇星の手を握っても、それはきっと間違いじゃない。人を愛する心というものを、俺にとって一番大切な温かい気持ちを、生まれて初めて好きになった人に伝えたいだけだ。 「………」  触れたい気持ちは、一つになりたい気持ちと似ているのかもしれない。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

299人が本棚に入れています
本棚に追加