運動会と俺達の闘い

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運動会と俺達の闘い

 九月二十七日。  ミニサイズのゼリーとビスケットにミルク。おやつの時間を楽しむ子供達を見ていると、皆の前に見谷牧師がやって来て言った。 「もうすぐ秋の運動会だね。みんな行進も上手になったし、お遊戯の練習も頑張ってる。先生達も押川町の皆さんも、もちろんみんなのお父さんお母さんやご親戚の方々も、とっても楽しみにしています」  子供達の顔が輝いた。運動会は彼らにとって秋の一大イベントだ。内容はまだまだ遊びの延長だし行進もバラバラだけど、子供達が一生懸命になっている姿を見るのは俺としても楽しみだった。 「だからみんなも運動会の日に風邪をひいたりしないよう、毎日手を洗ってうがいをしましょう。頭が痛いな、お腹が痛いなと思ったら、すぐ先生に言うんだよ。我慢が一番よくないからね」  はーい、と子供達が手をあげる。その中で、うぐいす組の愛花だけが俯いていた。  愛花はどちらかといえば大人しい性格で、両親も穏やかでのんびりしている。優しい二人から生まれた愛花はその名前の通り、園庭に咲く花が好きな子だった。 「先生に言いにくい、言うのが怖い、なんて思わなくていいんだよ。先生達はみんなのことが大好きだから、みんなが何を言っても全部聞いてあげるからね」  牧師も愛花の元気のなさに気付いていたんだろう。何があったのか話しかけても答えない愛花は、何かどうにも出来ない悩みを抱えているようだった。 「運動会の司会進行は、今年は音弥先生がやってくれることになったぞ。音弥先生もドキドキしてるはずだから、励ましてあげよう」 「おとや、大丈夫?」  俺を振り返ったカズマサに真顔で言われ、俺は引きつった笑みを浮かべて親指を立てた。 「う、うん。何とか頑張るよ」 「みんなで励まし合って、声をかけ合って、怖いことや悲しいことがあったら、すぐ友達や先生に相談するんだよ」 「園長先生。ぼく足が遅いから、かけっこでビリになるの、ちょっと嫌だなぁ!」  手をあげて言ったのは裕太だ。彼は運動は苦手だがひょうきんな性格で、いつも周りを笑わせている。 「かけっこは一番、二番を争うものじゃなくて、自分なりの『一生懸命な走り』をすればいいんだよ。裕太は走るのが苦手でも、面白いことを考える天才だろう?」  意味ありげな笑みを裕太に向ける見谷牧師。その意図を読み取ったのか、裕太が悪戯っぽく目を輝かせて「よっしゃ」と拳を握った。 「ただし怪我はしないように。裕太、『走り方』が決まったら一度先生に相談するんだぞ」 「はーい」  周りの子達が「えー」「どんな走り方?」「教えて!」と裕太に顔を向ける。秘密秘密、と得意げになる裕太を見て、俺も笑ってしまった。
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