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おやつの後でそれぞれクラスに分かれて歌や絵本の時間を楽しみ、後は保護者の迎えを待つだけとなった時。
「園長先生」
礼拝室で日曜日の打ち合わせをしていたら、愛花がやってきて見谷牧師のシャツを掴み、大きな目を伏せて言った。
「わたし、運動会は出られません」
「どうして?」
「………」
牧師がその場でしゃがみ、愛花と視線を合わせる。
「何があったのか言ってごらん」
「……運動会で、お父さんと手を繋いでお花を取る競争があるでしょ?」
愛花が言っているのは、父親参加型の競技「フラワー・ラン」だ。父親と手を繋いで走り、各所に用意された造花を集めながらゴールを目指すというもの。造花には簡単なクリップが付いていて、それを我が子の服や髪に取り付けてから次の花の所へ行かなければならない。最終地点からゴールまでは父親が我が子をお姫様抱っこして走ることとなっている。その頃には頭がお花畑になる女の子がいたり、お尻にたくさんの花を咲かせる男の子もいて、毎年笑いと拍手が起こる。花の精やお姫様気分になれるので、女の子達には人気の競技だった。
「愛花も楽しみにしてたろう? どうして出られないんだい?」
見谷牧師が言うと、愛花の大きな目から涙が零れた。
「わたしのお父さん、昨日、具合がわるくて入院したの」
「えっ!」
思わず声が出てしまった。慌ててポケットからティッシュを取り出し、愛花の傍にしゃがんで涙を拭く。
「……そうだったのか。それで『フラワー・ラン』に出られないと思ったんだね。でも愛花は、運動会に出られないことよりもお父さんが心配でしょうがないんだね」
「園長先生。お父さん、死んじゃうの? わたしのおじいちゃんも、入院してすぐ死んじゃったの。わたし、お父さんいなくなったら嫌だぁ……」
大人しい愛花が大声をあげて泣き出した。恐らく今日一日、ずっと涙を我慢していたのだ。
見谷牧師が愛花を抱きしめ、何度も何度も頭を撫でる。愛花の長い髪は花を飾ったらさぞ綺麗だったろう。俺は鼻をすすり、会衆席に座ってやり取りを聞いていた勇星に視線を向けた。
「父ちゃん、どこの具合が悪いんだ」
勇星が愛花に問いかける。
「わ、分かんない……。でも昨日ずっとご飯が食べられなくて、お熱もたくさん出て、すごく痛そうだったの。お医者さんに行くとき、わたしはおばあちゃんと待ってたから、分かんないの」
つっかえながら何とか言葉にしてくれた愛花の鼻を拭いたその時、礼拝室に顔を出した海斗が「愛花、お母さんお迎え来たよ」と言った。
牧師が愛花を抱き上げ、礼拝室を出て行く。少し迷ったが俺もその後に続いた。勇星は会衆席に座ったまま、じっと何かを考えている様子だった。
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