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参加するのは総勢十二組。三組ずつの競技で、俺達の番は一番最後だ。俺と愛花の競争相手はもちろん勇星と道介、それから、テルキとその母親だが──
「悪いけど先生、私達が勝つよ。な、テルキ!」
「うん! リカママ、すっごく走るの速いんだ!」
リカママこと里香さんはテルキの母親のパートナーで、学生時代からソフトボールのピッチャーをやっている。休日は町内の子供達にソフトボールを教えていて、腕も脚も、俺よりずっと逞しかった。
「だ、大丈夫かなぁ……」
さすがに愛花と道介も不安げだ。
「ゆう先生。あんた新任の先生らしいけど、ずいぶんと男前だね。シングルマザーと噂にならないように気を付けなよ?」
そう言って豪快に笑うリカママ。開けっ広げな性格は嫌いじゃないけれど、子供達の前でそれを言うかと思わず焦ってしまう。
「………」
勇星がリカママの肩を抱き、片手を口元にあてて何やら耳打ちした。
「……うん。……あら、そうなの? 早く言いなよ、そういうことは!」
何を言ったかは大体予想がつく。リカママに「頑張りな!」と背中を思い切り叩かれたからだ。
「リカママ! お母さん、手振ってるよ!」
「愛してるよー! ハニー!」
……すごい。全然周りを気にしていない。
テルキの母親達のことは町の人の殆どが知っている。知っていてなお、他と変わらない「家族」として受け入れている。リカママの性格が男性寄りなところもあるため、町内会の「親父組」の飲み会には必ず盛り上げ役として呼ばれているのだとか。
自分を受け入れて、愛する人にはっきり「愛してる」と言えること。俺はリカママの強さに励まされる思いで、隣の勇星を見上げた。
「何だ、音弥くんも言ってほしいのか」
「な、何をっ? ていうか、違うし!」
パン、と乾いたピストルの音でハッとした。喋っていたらいつの間にか競技が始まっていたらしい。
「さあ頑張って! お父さん、我が子の手を離したらダメですよ~」
俺の代わりに海斗がマイクで実況を始めた。第一グループの三組は苦労しながらもあちこちに設置された花を取り、各々子供の体にくっつけている。
「パパ、肩じゃなくて髪に飾って!」
「父ちゃん遅いよ! もっと早く!」
「お花を付けるのはわたし! お父さんじゃないよ!」
明らかに運動不足気味の父親達は、まだ半分までしか走っていないのに早くも息を切らしている。見ている側としてはその姿が面白いのだが、本人達は必死だ。
第二グループがゴールし、第三グループが位置につく。
俺達の番はその次だ。
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