運動会と俺達の闘い

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 司会の時とはまた別の緊張から、手に汗をかいてしまう。一度愛花の手を離してシャツで手のひらを拭き、もう一度しっかりと握りしめて俺は深呼吸をした。先生として、大人の男として、こんなにも緊張しているということを愛花に悟られたくなかった。 「おとや先生」 「うん?」 「お母さんが撮影してくれてるの。お父さんが運動会にくるとき、電車の中で見れるように送ってくれるって」 「………」  そう言った愛花の笑顔が眩しくて、俺はハッとした。  そうだ。俺は愛花の父親の代わりとして参加するんだ。勝負も大事だけれど、父親として何より大事にしないといけないものがあるじゃないか。 「──よし。頑張ろうな、愛花!」 「うん!」  第三グループがゴールを終えて、俺は強く頷いた。 「それでは第四グループ、位置についてください!」  白線の前に愛花と並んで立つ。右隣にテルキとリカママが、左隣に道介と勇星が。 「………」  この緊張は、良い意味での緊張だ。わくわく感からくる緊張だ。愛花は笑っている。父親ならきっと、勝負の行方よりもこの笑顔を守るために頑張るはずなんだ。 「位置についてよーい、……スタート!」  ピストルが鳴り、俺達は駆け出した。愛花の速度に歩幅を合わせ、だけどしっかりと手を繋いで。 「テルキチーム、流石に速い速い! もう一つ目の花をゲットしてるぞ!」  海斗のボルテージも上がり、実況に熱が入る。 「道介チームも一つ目の花をゲット! 愛花チーム、頑張れ!」  わあぁ、頑張れ、と子供達が手を叩いて声をあげる。観客席からも応援の声が飛ぶ。 「赤い花は全部、愛花の物だっ!」  多めに用意していた花も残り僅かとなっていた。本当は各所で最低でも一つの花を付ければ良いのだが、俺はテンションに任せて残っていた三つの赤い花を掴み取り、それら全部を愛花の髪に飾った。 「クリア!」  続いて二つ目の花の元へ──机の上に並んだ花の前では、意外にもリカママと勇星が焦っていた。 「何だこれ、ダミーが混ざってやがる」 「クリップが付いてないじゃないのっ?」  道理でここだけ花の量が多いと思った。恐らくは海斗の仕業だ。 「さあさあ、第二ステージは本物の花を見つけないと先に進めません! 勝負の行方はまだ分からないぞ!」 「余計なことしやがって、クソが!」 「勇星、汚い言葉使うなよ」 「クソったれ! 何考えてんだい!」 「リ、リカママもね、抑えて下さいね……」  言い合いながら、必死にクリップ付きの「当たり」を探す。 「あ、あった……! 赤じゃないけど、愛花、いい?」 「いいよ! ピンクも大好き!」 「よっしゃ!」  愛花のお団子にピンクの花を付け、第三ステージへ駆け出す。ここから先は障害物があり、俺達は地面に膝をついて網の下へと飛び込んだ。  網を潜り抜け、再び愛花と手を繋いで走る。一瞬だけ振り返ると、勇星とリカママ達も既に網の途中まで来ていた。
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