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第三ステージの花にはクリップがちゃんと付いているみたいだ。赤も残っているし、ここを過ぎれば後は平均台を愛花に通らせて、ゴールまで一直線。
「負けねえぜ音弥くん!」
「勝つのは私達だよ!」
「げっ、もう追い付かれてる……」
あちこちにカラフルな花を付けた道介とテルキは見るからに疲れ果てていた。体力的にではなく、大人達の大人げない闘志にげっそりしている様子だ。
「よし、最後は落ち着いて行こう愛花」
「うん!」
愛花の頭に一番大きな赤い花を付けて、俺達は第三ステージを後にした。俺にとっては低い平均台も五歳児には大仕事だ。地面を歩きながら台上の愛花と手を繋ぎ、慎重に平均台を渡らせる。
「ゆっくり、気を付けて」
「う、うん……。おとや先生、わたし、ちょっとだけ怖い……」
「焦らないで、一歩ずつでいいよ。ゆっくり、ゆっくり」
そうしているうちに左右の平均台を渡って行く道介とテルキ。流石に男子と女子では運動神経に差が出るか。
「いいよテルキ、その調子!」
「道介、上手いぞ。落っこちるなよ」
どんどん差が広がって行くのを見て、愛花が不安げな顔を俺に向ける。
「先生……」
「大丈夫、気にしなくていいよ」
パン、パン、とピストルの音が二つ聞こえた。どちらが一位か分からないけれど、道介とテルキがゴールした音だ。愛花はまだ平均台の半分も渡れていない。
「お、おとや先生……」
今にも泣きそうな愛花に俺は問いかけた。
「ここまでにしとこうか?」
「……ううん。頑張る。お父さんも、痛いの我慢して頑張ったんだ!」
大人しい愛花の顔つきが頼もしくなり、恐々ながらも一歩ずつ前へと進んで行く。客席からは拍手が起きていた。
「愛花ちゃん、頑張ってー!」
「頑張れ愛花ー!」
「あとちょっとだよ!」
同じつばめ組の友達だけじゃなく、こまどりもうぐいすも、それから町の人達、保護者の人達、見谷牧師も海斗も勇星も、皆が愛花を応援している。
「いいぞ愛花。──よし、ジャンプ!」
平均台の最後までたどり着いた愛花が、広げた俺の腕の中へと勢い良く飛び込んだ。
「おとや先生……!」
「愛花、すごい綺麗だよ。花のお姫様みたいだ」
小さなお姫様を横抱きにして、俺は一気にゴールを目指した。
道介と勇星が一位。テルキとリカママが僅差で二位。──結局、勝負には負けてしまったけれど。
「あああ、もう、すいませんこんな顔で……ありがとうございました!」
涙でぐしゃぐしゃの顔をハンカチで拭きながら、愛花の母親が俺に頭を下げた。
「俺は付き添っただけですよ。愛花が一番頑張った!」
「おとや先生、お膝、血が出てる……」
「あれ。……ああ、網の下くぐった時に擦り剥いたんだ。大丈夫大丈夫。それより愛花、写真いっぱい撮ってもらって、お父さんに見せないと!」
「うん!」
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