記念日と勇星の誕生日

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記念日と勇星の誕生日

 あの笑顔と熱気に包まれた運動会から一週間と一日──十月十三日、日曜日。  今日だよ、今日。今日しかない。  だって今日は、十月十三日は。 「……いいって、そんなの別に」 「良くない。……だって今日、勇星の誕生日なんだろ」  日曜礼拝から帰ってきたばかりの午後一時。  俺はワンルームに立ち尽くす勇星の足元で仰向けになり、両手を胸の前で組み合わせて目を閉じていた。 「音弥くん、……」 「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」 「………」  誕生日プレゼントは俺自身。これは俺が考えた訳ではなく、三日前に宅飲みしながら話していた時、勇星からリクエストされたものだった。 「そんじゃ俺の誕生日には、音弥くん自身をプレゼントとして貰おうかな」  赤い顔でそう言っていた勇星の前で、俺は覚悟を決めたのだ。  勇星が言うなら。勇星がそれを求めるなら。俺だってガキではないのだし、いつまでも出し渋っていたって仕方ない。  俺としては何かきっかけが欲しかった。勇星の誕生日というなら、それは申し分ないほどの特別なきっかけだ。 「そりゃ気持ちはありがてえし、俺としては大歓迎だけどよ。……そんなカチコチで寝っ転がられても、やりにくいっていうか……」 「寝ない方がいい? 立ったままの方が?」  半身を起こして勇星を見上げると、その場にしゃがんだ勇星が俺の鼻を摘まんで言った。 「無理すんなって言ってんの」 「む、無理してないって。俺は勇星と……!」 「俺も音弥くんとセックスしてえよ。だからこそ、無理させたくねえの」 「っ……」  強く抱きしめられて、背中を摩られる。それだけで頭の中がほわほわと蕩けだしてしまうほどには、俺は勇星に染まっていた。 「明日は祝日だし、ゆっくり過ごそうぜ。ここ最近行事も多かったから疲れてるだろ」 「……う、うん」 「取り敢えず昼飯食いに行くか。デートしよ」  差し出された手を掴んで立ち上がる。  そうだ。今日は日曜、明日は体育の日で休み。時間はたっぷりある。 「空島勇星をこの世界に遣わして下さり、ありがとうございます」  ついさっき教会で、見谷牧師が個人的な祈りの時に言っていた。勇星がこの世界に生まれてくれた日。神が勇星をこの世に遣わしてくれた日。十月十三日。  勇星の、二十六歳の誕生日。 「そうだ、誕生日プレゼントを別に買ってあるんだよ。今渡してもいい?」 「マジか。悪いな、ていうかすげえ嬉しい」  勇星の鳶色の瞳が輝けば、俺も心底嬉しくなる。早速ロフトへ上がって用意していた箱を取り、再び勇星の前へ戻る。 「開けていいのか?」 「もちろん」  平べったいが、立ったまま開けるには少し重い箱だ。床に膝をついた勇星がテーブルの上にそれを置き、リボンをほどいて包装紙を剥がし始めた。 「これは……」  現れた箱のデザインを見た勇星が、その恰好のままで止まる。 「ど、どうかな? 勇星に必要かもと思って選んだんだけど」  それは今年の秋に発売されたばかりの新型タブレットだった。いつも小さなスマホを弄って楽譜を作っていたから、このくらい大きな画面ならノートの横にスタンドで立てて気軽に使えるし、見やすいし、使いやすそうだし、…… 「………」  あまりにも勇星の反応がなくて、後ろに立ったまま俺は少し不安になってしまった。余計な世話だったろうか。スマホの方が使いやすいだろうか。 「音弥くん」 「は、はい」  ゆっくりと立ち上がった勇星が、次の瞬間──思い切り俺の口を塞いだ。 「んぐっ……」 「は、……やべぇ。音弥、もっかい寝転がれ。二日かけて抱き潰してやる」 「ちょ、ちょっと待ってって。落ち着いて、勇星っ、落ち着け!」  その肩を押して何とか勇星の体を引き剥がし、タブレットを胸に押し付ける。 「アプリもいっぱい入れれるし、写真も動画も撮れるし。容量も多いから必要なの全部入れられるよ」 「俺は今すぐ音弥くんに挿れてえ」 「こ、このエロオヤジ!」
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