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何とか勇星を宥めて外に出た俺達は、電車で隣町へ移動し久々の休日デートをスタートさせた。
「どこ行きたい、音弥くん」
「勇星が行きたい所でいいよ、誕生日なんだし。……本当なら、ちょっと豪華なレストランで食事して、お店側からサプライズケーキとか用意してもらったり、そういうのもいいなって思ったんだけど……」
「それやったら、俺達が野郎同士のカップルだってモロバレだからな」
「そ、そう。だからやめといた」
ともあれ帰る時間を気にせず楽しめるデートというのは嬉しい。十月半ばの空はすっきりと晴れていて、気温も上着を羽織れば丁度いいくらいだ。これから段々寒くなる。勇星が使う布団も先月の終わりに買ったし、十月が終われば感謝祭、そしてクリスマス。
楽しみはまだまだいっぱいだ。
「イタリアの休日ってのも楽しそうだなぁ。こんな風に歩いてるだけでも息抜きになりそう」
目的地を決めずに日曜日の町を歩きながら、俺は何となく勇星に言った。
「あんまり外出てなかったな、観光とかはそこまで興味なかったし。……ああ、でも気まぐれに入った聖堂に飾ってあった絵が気に入って、よく見に行ってたわ」
「ふうん、どんな絵なんだ?」
「天国の絵。別に有名な画家が描いたやつじゃねえけど。三大天使って知ってるだろ」
「えっと。ミカエル、ガブリエル、ラファエル。それにウリエルを足すと四大天使だっけ」
「そう、その三大天使が歌ってる絵。そいつらを指揮してるのが、俺の好きな大天使だった」
「何ていう天使?」
「サンダルフォン」
「うーん……」
聖書に載っているからその名前は知っているけれど、具体的に何をした天使なのかはあまり知らない。
「音楽を司る天使。いわば天界の音楽家だ」
「へえ、ぴったりだな」
「普通はラッパ吹いてたり弦楽器弾いてたりする恰好で描かれてるのが多いんだけど、その絵はサンダルフォンが指揮してるってのが気に入った」
勇星の顔が本当に嬉しそうで、よほど好きな絵だったんだなと思う。俺も見てみたかった。天界の音楽家──サンダルフォン。プロテスタントは天使を崇敬しないけれど、俺は天使が描かれた聖画も好きなのだ。
「お、ちょっと服見てもいいか」
俺の頭の中で、サンダルフォンという天使が勇星の形になっていく。その指先もきっと他の天使達から最高の歌声を引き出すのだろう。
「音弥くん、ボーっとすんなよ。迷子になるぞ」
「あ、ごめん……」
「比較するチビがいないと、途端に音弥くんも子供っぽく見えるな」
「悪かったな」
「悪かねえよ。そういうとこ好きだぜ」
「………」
通りを渡って服屋に入って行く勇星の後ろ姿に、俺は小さく微笑んだ。
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