利己的なジェラートはピスタチオの味を知るか?

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 太ももに突然ぶつかってきたから、熱いのか冷たいのかもわからなかった。  冷たい、濡れたと、遅れてわかる。この日のためのワンピースは、鮮やかに汚された。  気分は泥沼。この後の予定なんて全てなかったことにした。  かくして、見知らぬ少年のアイスクリームによって、私の初デートは始まる前から失敗に終わった。  首筋からブラウスの中に、ハンディファンで風を送る。夕方になっても汗は止まらない。こんなそよ風、気休めにもならない。  家のクーラーを浴びたい、と早足になる。自転車を買うためのお小遣いを前借りしようとしたら、計画的に貯めろとお母さんに怒られた。熱中症で倒れたらお母さんのせいだ。  駅に向かう人たちが羨ましい。涼しい電車に揺られて帰りたい。でも学校と家が遠いのも嫌だ。それに朝は人が多いらしいのも多分無理。  そういえば彼はどこに住んでると言ってたかな。聞いたことのない町だった。会えればどこに住んでいても構わないし、付き合っているという事実が大事だ。  初デートはないものにしてしまったので、今度デートできるとしたら、もう夏休みに入ってからだ。  全く、この前は最悪だった…。  ぬかるんだ気分を思い出してしまった。ジェラートでも食べて帰ろう。本物のピスタチオは食べたことないけど、ジェラートではお気に入りの味だ。  さっぱりして駅ビルから出ると、小学生たちがうろうろしていた。募金箱やクリップボードを持っている。暑い中大変なことだ。  蒸した人混みをとっとと抜けてしまおうと、真っ直ぐ進む。声をかけられた気もするが、向こう側に抜ける地下通路を目指す。  数えきれない人が行き交う。その中を流れる。下り階段が見えてくる。そこに止まっている人。  おばあさんがうずくまっている。皆流れていく。  良く見ると隣に、募金箱を持った少年が座り込んでいる。顔に見覚えがあった。    あの時の少年。    ふっと湧いてきた怒りを噛む。おばあさんに声をかけている。皆ちらりと見て流れていく。  どんどん近づいていく。俯いたおばあさん。背中をさする少年。流れていく。  少年が顔を上げる。目が合う。気付いたような表情。とっさに目を逸らす。   「すみません!携帯!持ってますよね!」  二の腕を強く掴まれる。 「…痛い。離してよ」 「救急車呼んで下さい!」 「離してって!」    少年を突き放す。ぞっとするほど軽かった。  少年は私のバッグを取っていた。中を探りスマホを取り出す。  電話している少年を、私は眺めていた。震える腕を抑えて。奥歯を噛み締めて。  新調したワンピースで、初デートに行った。  何事もなく、むしろ楽しく過ごしていた。もう少し音楽の趣味が合えばいいのに、というところ。  一緒にジェラートを食べていると、近くで子供が泣き出した。  迷子の女の子だろう。  彼や周囲の人は心配そうに見ている。  見ている。  掬ったジェラートが足に落ちてぞくっとした。瞬間、腕が痛んだ、気がした。  気に入らない。  立って、少女の元に行く。 「ねえ、ジェラート食べる?」  少女はしゃくりを少し落ちつける。 「本物は知らないけど…ピスタチオ味が美味しいよ」  
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