プロローグ

1/1
61人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ

プロローグ

「何で……、何でなの!」  機械仕掛けの椅子の横になって、眠っている彼女を見て私は嘆いた。 彼女の顔は死人の様に白く、そして意識というものはまったく感じなかった。  この実験は成功するはずだった。 最初は彼女の心を取り戻す為の実験だったのだが、きっと私の中で何かが狂ってしまったのだろう。 私は彼女の心を取り戻す事に夢中になって、彼女の体の事などまったく考えてはいなかった。 こんな事になったのも、恋愛リモートと言う道具の実験体になったからだ。  そのリモートの作用は異性の心を操るという、画期的な実験だった。 この実験が成功すれば少子化を食い止める事が出来るだろうが、道徳的に考えるとある一種の洗脳のようなもので人の心を好きにさせるのはいかがなものかとも思う。  それもそうなのだが、それ以前に最初の実験となると危険性が大きく伴うだろう。  私は彼女からその実験をすると聞いて、一番最初に反対し心配した。 実際、研究員の中でも限られたエリートだったので、この実験を拒否する事も出来る。 だが、彼女は周りの研究員を犠牲にしたく無かったのだろう。  その実験に自ら望んでいった。 心配させまいと、その日私に『大丈夫、大丈夫だから』と言ったのを覚えている。 開始三日後、すぐに変化が起こり始めた。  それは彼女の感情が無くなると言う恐ろしいものだった。 彼女はいつも笑う表情豊かな人だったのだが、急に笑わない人になり、しまいには無作為に研究員に暴行を与える非人道的な人格へと変貌してしまい監禁されてしまった。  例え彼女の心が元に戻ったとしても、きっと研究員に暴行を与えた事に罪悪感を感じてしまい、本当の意味で彼女の心は無くなってしまうだろう。 私は暴行を起こさせない為に彼女に睡眠薬を与えた。  だが、不自然な事に彼女は薬を与えてから何日か経ったが一向に目を覚ます気配が無かった。 「まさか、こんな事で意識不明になるなんて……」 たった、一回の睡眠薬だけで意識不明になるなんて夢にも思わなかった。  彼女の抜け殻は目を瞑ったままピクリとも動かない。 過去に行き、汚染されていない過去の彼女の遺伝子を手に入れ、彼女の体ごと遺伝子を組み替えれば、この残酷な未来は変えられるだろうか。  私は持っていたリモコンを握りしめ、彼女の長い黒髪を撫でる。 こんなに綺麗な顔立ちで今にも動きそうなのに、どうして目覚めてくれないのだろう。  自分の体を電子化して過去に行けると言う事が今の技術では可能だ。 一度もやった事は無いが、これに一理の望みをかけるしかない。 過去に行ったら、リモートを詳しく調べてみよう。 きっと何かが分かるはずだ。  私は彼女の体をおぶったまま実験に必要な材料を持って、電子回路の箱へと足を踏み入れた。 ツッツッツッ―――――――――――――――――――  電子回路から昔あった受話器の様な音が鳴り出した。  耳障りな音に私は驚いて、おぶっていた彼女の体だけを腕から離してしまった。 「……!……!」  彼女の名前を叫んだが彼女の体も声も、私の元へと帰って来るはずは無かった。 そして、私も過去へ飛ばされてしまった。                *  いつも彼を遠くから眺めていた。 私の行動は周りからすれば怪しげなストーカーなのだが、私はこの行為を止められない。 「理沙、見つかったらヤバイよ。絶対森木に嫌われるって!」 理沙は私の名前だ。 本名は野坂理沙(のさかりさ)流川愛理(ながれがわあいり)という親友が今、学校近くの電信柱で隠れている私のストーカー行為を止めに入っている。 まぁ、周りから見れば変な状況だ。 「邪魔しないで。今、丁度良いところだから」  私は愛理のショートカットヘアーに目をやると、そのまま無視して森木君を見ていた。 私は毎朝、遠くから好きな人を眺める行為をしている。 だって、好きなんだもん。これはしょうがないと思う。 いたちごっこになるのは分かってるはずなのに、毎回愛理はどうしてもそれを止めようとする。  流石は私の親友だ。 私が言う事を聞かない日は必死に止めに入るので、そういう日は陸上部を五分位遅れて遅刻するらしい。 そんな事が毎回あるので、夕方はしないようにといつも愛理に釘をさされ、朝は忠告だけで終わっている。  電信柱で隠れてる私に気づかずに森木君が素通りして学校の方へと向かって行ってしまった。やっぱり、森木君はクールでカッコいいと思う。 「やっぱり、カッコいい!」  私に対するあの完全見てないような無視が、私にとって惹き付けられる魅力なんだと思う。  周りの女子達はなぜか森木君をカッコいいとは思わないらしいけど、私にとってはなんとも都合が良くて、何でだろうという気さえした。 あとは私が告白する勇気を持つだけだろう。 「はぁ、ホント理沙にはハラハラさせられっぱなしだよ。私じゃなかったら親友辞めてるね」  確かにその通りだ。 こんなストーカーをよく友達、いや親友になってくれたものだ。  愛理は学校と陸上部のバックを両手で軽々とからうと、砂が付いているのかパッと陸上部のバッグを軽くはたく。 愛理、部活と授業の両立なんて忙しそうだなぁ……。 「私、陸上部あるから先行くね!」 愛理の持っているバックは私のバックより二倍位重そうだった。  慣れているのか愛理は重そうな顔もせずに私に手を振った後、学校の方へと駆けて行った。 華奢だから私なら絶対にバックを二つも持てない。 さっきまで眺めていた森木君の姿がいつの間にか見えなくなっていた。 「私も学校行こうかな」  時が焦って過ぎ行く様に生徒が急ぎ足で通行している。 そんな周りの様子を見て、立ち止まっていた自分だけだと感じた私は学校の方へと歩き出す。  学校の校門を抜けると周りの生徒が私と同じ位の歩幅で歩いて、気のせいだけどなんか私に付いて来てるみたいだ。 この学校、男子多いな……。元々男子高だから当たり前っちゃ当たり前かな。 だけど、今は他の高校も共学になったのを受けて三年前に男女共学になったと言う事らしい。  そういう訳で、私はこのストーカー(ずっと森木君と一緒)を幼・小・中・高ずっと継続している。 だけど、幼稚園の頃から一緒だったはずなのに話した事があまり無い。  それは森木君と目が合うだけで緊張して話すまでに至らないからだ。 いつか、私の前から消えて他の女の所に行くんじゃないかとか考えたりするのだが、きっとまだ大丈夫なはず。  そんな女なんて憑りついてたら私が裏で即邪魔する。 だけど、そんな所を一回も見た事がない。 あるとしたら、『そこの鉛筆取って』位だ。 その時は、森木君を奴隷のようにこき使いやがってと思ってイラついた。 まぁ、今じゃクラスも違うから登校中しか見ないんだけど。  そんな事を思いながら、私は自分のクラスに入って一時間目の古典の授業の準備をして、ホームルームが始まるまでちょっと眠っていた。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!