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第68.51小節目:ミス コンテスト(エントリーNo.1:市川天音) 前書き編集
「ミスコン? 何それ」
「ミスコンはミスコンですよ。うちの高校で一番見た目のいい女子を選ぶコンテストです」
「めちゃくちゃストレートだな……。それで、なんでおれのとこに来たの?」
目の前に立つカメラを持ったやや小柄な男子は、温井隆太くんと言う学園祭実行委員の一年生らしい。
「だからですね、今度の学園祭でミスコンやるんです。事前に生徒から集めたアンケート結果に基づいて各学年上位4人ずつエントリーしていただいて、その4人の写真を生徒会室の前に掲示して、学園祭期間中、校外の人にも投票してもらって、1位を決めるっていうやつです。僕は実行委員のミスコン担当なんですけど、4人とも存じあげなくて」
「はあ」
「それで困っていたら、その4人全員と仲のいい先輩がいるって噂を聞いたので小沼先輩のところに来てみました」
「……そんなの誰に聞いたの?」
「同じクラスの平良ってやつです」
平良ちゃんですか……。いや、あれ?
「平良ちゃんは友達いないみたいなこと言ってた気がするんだけど……友達なの?」
「いえ、友達ではないですね」
おお、辛辣だな……!
「平良が同じくうちのクラスの星影に吾妻先輩の話をしているのが通りがかりで聞こえたんです。エントリーされた4人の名前は知ってたんで、『吾妻先輩を知ってるなら紹介して欲しい』って言ったら、『なるほどなるほど。でもでも、自分に訊くなんてまどろっこしいことしなくてもその4人に関しては最強の先輩がいるのですよっ!』って言われて」
「へえ……」
っていうか平良ちゃんは同級生にも敬語なの? 星影さんの時はそんなことなかった気がするけど。……ああ、友達じゃないからか。
「まあいいや。それで、その4人を紹介したらいいのか?」
もはや、『その4人って誰?』なんて野暮なことは訊くまい。
おれが撮影できる(と平良ちゃんが思っている)2年生の女子4人なんて、市川、吾妻、沙子、英里奈さんに決まっている。
「あ、いえ。もし出来れば、その4人の写真をこのカメラで撮ってもらえるとありがたいんですけど」
「は、おれが?」
「はい、先輩が」
無表情でコクリと頷く隆太くん。
「なんで?」
「だって、ミスコンに推薦されるほど可愛い先輩に話しかけるのって緊張するじゃないですか。しかも今年の2年生の4人は『神4』とか言われてるらしいですし。触らぬ神にたたりなし、ってやつです」
ことわざの使い方が違う気がするんだけど、とか、四天王っていうのはやっぱり安藤だけが使っている用語だったのかとか、緊張するも何もそれが君の仕事であり役得なのでは、とかツッコミどころはたくさんあったが、あまりに『当たり前じゃないですか』みたいな顔でこちらを見てくるから、なんかおれの方が間違ってるような気がして、言葉を飲み込んでしまう。
「もちろん、お礼はさせていただきますので」
「え、お礼って何?」
「売店で使える商品券500円分です」
「結構普通に嬉しいじゃん……」
ということで。
500円であっさり懐柔されたおれは、念のために4人が本当におれの考えていた4人かと言うことと、撮影の方法を簡単に確認した後、カメラを預かる。
やらなければいけないことは手短に、だ。(やらなくてもいいことならやらないとは言ってない)
まずは、身近なところから撮影させてもらおう。
「市川、ちょっといいか?」
「んー? どうしたの?」
早速机に座っている市川に声をかけると、天使のような笑顔で無警戒にこちらを見上げる。
「えっと、市川の写真を撮影させて欲しいんだが……」
「……え?」
そう言うと、わずかに頬を紅潮させて、
「……何に使うの?」
と上目遣いで尋ねられる。
「み、みすこん!」
つ、使うってなんだし! と、動揺した結果、某軽音アニメみたいな字面になってしまった。おれたちはいつまでも放課後です。(今は昼休みです。)
「ミスコンかあ……。去年もだったけど、ありがたいような緊張するようなだなあ……」
市川は色々察したようにはにかむ。去年も出てたんだ、ていうか去年もやってたんだ。
「えっと、小沼くんが撮影するの?」
「お、おう。なんか律儀な後輩に頼まれた」
「律儀な後輩? つばめちゃん?」
「いや、知らない後輩」
「知らない後輩……? へえ、小沼くん、有名人だねー? モテるんだね?」
若干むっとした表情で市川が言う。
「まあ男子だけど、頼られたから、モテると言えるのか……。言えるのか?」
「あ、男の子か」
ふむふむ、と頷く市川さん。なに?
「まあ、じゃあ、背景が白いところで撮ってくれと言われたから、ついて来てもらえるか?」
「うん、わかった」
空き教室に移動した。
「それじゃ、撮るよ」
「う、うん」
市川は気をつけの姿勢であごを引いてピシッと立った。
おれはカメラを縦にして写真を撮る。が。
「うーん……」
「小沼くん?」
撮影した写真を見ながらおれは首をかしげる。
「姿勢が良いのは結構なんだが、なんというか、これだと市川の魅力が伝わりきらない感じがするな……」
「み、魅力!?」
市川が素っ頓狂な声をあげるのを無視して、引き続き写真を見る。
なんとしてでも市川を市川らしく写したいという、燃えたぎるような感情がむくむくと育っているのを感じていた。
なんだろうか、この使命感は。
決して、売店の500円券をもらうことを理由に、プロ意識が芽生えているわけではない。
ただ、この市川天音という人物の魅力を最大限に引き出すのは、amaneというバンドにおけるおれの役割なのだ。
それが、写真撮影という専門外のことであっても、やるべきことは変わらない。
「お、小沼くん……? そんなに真剣にならなくても……」
「いや、だめだ。これは、市川を世の中に打ち出す人間の責任なんだ」
「そんなに私のことを……」
「吾妻も、沙子も、英里奈さんもそうだ。それぞれを一番魅力的に発表してこその、裏方なんだよ。おれがみんなを胸がキュンキュンするようなメインヒロインにしてやる!」
おれが熱っぽく伝えると、
「私以外もなんだ……。なんだかなぁ……」
と、フラットな表情になる市川。
……まあいいや。
「市川、あのさ、デビューしてた頃に一回雑誌の取材受けたことあっただろ」
「あ、うん、一回だけ。優しい雰囲気のおじさんの記者さんに色々インタビューしてもらったやつだね。娘さんが私と同い年だとかって言ってたなあ……」
「いや、今、記者のおじさんの話はどうでもいいんだ。その時のポーズをしてみてくれ」
「どうでもいいって言われた……」
はあ……と市川はため息をついた後、
「こう、かな?」
と両手を指先で合わせてこちらを向く。
「そうそう! いいな!」
雑誌で昔見た光景が目の前に! すげえ!
「あはは、目を輝かせすぎだよ、小沼くん」
おれが興奮している様子が面白かったらしく、ぎこちなさの残っていた市川の表情がやわらぐ。
その瞬間、おれは再度シャッターを切る。
「おお、これな気がする……!」
画面に映った市川を見てほおーっと息をついた。
「どれどれ?」
そう言いながら、向かい側から市川が画面を覗き込んで来た。
ち、近い……! はじめてまともに話した時(おれが曲を作ってるのがバレた時)におれのスマホの画面を覗き込んで来た時もそうだったけど、本当になんでこの人はこういう距離感なんだ……?
「ちょっと、市川……」
「ん?」
そう言って市川が顔を上げると。
「「うぁ……!」」
瞳に映った自分が見えそうなほど近く、市川の整った顔がそこにあった。
「ご、ごめん……!」
そういって、二人で顔をそらす。
「えっと、撮影は、もう大丈夫かな?」
「お、おう……」
斜め下にうつむいたまま、おれはうなずいた。
「……あのさ、小沼くん。あとの3人を撮る時も、さっきみたいに熱心にやるの?」
すると、もじもじとそんな質問をされる。
「え? うん、多分……?」
「ふーん、そっか」
市川の表情が見えない。
「……どうした?」
そう聞くと。
「別に! 小沼くんは良いプロデューサーになるね!」
「おう、ありがとう……」
「別に褒めてないけど! よし、教室に戻ろう!」
市川は拗ねたような、それでいて嬉しそうな複雑な表情でえへへと笑うと教室に戻っていった。
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