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愛理の、甘く切ない歌声が静かにホールに流れる。奏は耳を傾けながら、カクテルを作っていた。
「お客様、ムーランールージュです。」
照明が暗いせいか、いつもよりトーンの暗い赤い液体が鈍く輝いた。
(愛理……)
客の相手をしなければならい、自分を呪いながら黙々とシェイカーを振る。
ステージへ目を向けると、バラードが終わり、愛理が優雅にお辞儀をした。
愛理が顔を上げたところで、目が合ったような気がした。
(愛理……)
胸をかき乱す衝動をこらえるように唇を噛み締めた。
愛理には歌の才能がある。いずれこの小さな箱庭から出ていくことが出来るだろう。
(だが…俺は……)
愛理が輝けば輝くほど、闇の深さに絶望した。
愛理のステージが幕を下ろしたところで、客が席を立ち、グラスに残された血のようにどろりとした液体が、あざ笑うかのように鈍く残った。
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