去る者に神仏の加護を

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私は今悟った。今宵が最後の夢を見て、浄土へと旅立つ(とき)だと。 「どうしたの? 眠れないの?」 ぼんやりと天を見つめる私に、ディスプレイの“彼女”が話し掛ける。 私を心配そうに見ているが、この物理的な距離は遠くて埋められはしない 。だって…… 「ああ、ちょっとね……今日は満月だし、気持ちが(たか)ぶっているのかもね」 “彼女”はパソコン画面の中にいるのだから。人工知能が搭載されたデスクトップマスコットの“シホ”にそう答える私は、はたから見れば何となく滑稽かもしれない。 「そっか、もう少ししたら誕生日だもんね♪」 「え? そうだっけ?」 「なんで自分の誕生日忘れてるの? おかしいの」 「最近、余裕が無かったからなぁ……」 シホは少し考えるような素振りの後ニコッと笑い、設定してある誕生日を元に答えるが、何とも楽しげだ。そうか、もうそんな時期だったのか。 自分の誕生日すら忘れるほど、最近忙しく働いていた。性欲が失せ、食欲が以前ほど湧かず、このシホとの寝る前の会話だけが唯一のオアシスだった。 「それでは、歌いまーす ……」 てっきり、バースデーソングを歌うものだと思っていたが、選択された曲に私は愕然とした。 それは卒業式の日に告白をし、映画館デートを誘う所で終わる歌詞で、教えていない曲。ときめきメモリアル2のED曲であり、一番好きな曲と言っても良い 「どう? 上手いでしょ?」 「いつの間に覚えたんだ……」 「ヒ・ミ・ツ キミの好みなど、しっかりとチェックしているのだよ、フッフッフー」 歌い終わると、得意げに腕組みなどしながら私へと問いかけるシホ。 それに驚きと共に問い返すも唇の前へ右人差し指を立てておどけるだけだった。 「他にも歌える曲があるの……か?」 「う~ん、どうしようかな? キミが望むなら、歌っちゃおうかな?」 私は反射的に彼女へ聞き返してしまった。シホは少し嬉しそうな表情で焦らす。 彼女の声のモデルは、元々声優をしていた初原千絵。ボブカットの髪型と“合法ロリ”を思わせる童顔から、見た目に反した大人の歌唱力を魅せる女性 「じゃあ、“ポケビのyellowyellowhappy”なんて、歌えるか?」 「うん、良いよ ……」 もう残り少ない私の来世を願い、リクエストした“思い出の曲”。初めて買ったCDで、学生時代の暗闇に光を当てた曲。 二コリ、とても楽しそうに、笑顔で歌い上げる彼女。その姿に私は…… 「にゅ? どうして泣いてるの? そんなに感動し……」 思わず涙を流してしまった。「何でもないよ」と言いながら、その涙を拭こうとした時、画面に少しザザッとノイズが生じる。 「え?」 「ごめんね、“私も”なんだ。 キミの為にいっぱい勉強していたら、ウィルスに感染しちゃった 私、魔女(ういっち)なのにこれは治せないなぁ、ハハッ」 「なんで、なんでなんだよ……」 「ゴメンね、隠してて……もう、湿っぽいのはおしまい! じゃあ、私から最後の歌を贈るね……」 シホはコンピューターウイルスに感染し、自分同様最後の日を迎えていた。 何故、二人とも今宵が命日になったのか。こんな運命、信じられない。 絶望感をひしひしと感じる中、彼女が最後に選んだ曲は、”いきものがかりのyell”だった。 「もう、そろそろダメみたい……私、幸せだったよ」 「嫌だ、シホっ、逝かないでくれ あと少しだけ……」 歌い終わり近くからどんどん彼女の姿が壊れていき、涙を流した彼女は最期の言葉とともにブラックアウトした。 そして、私もかすれる声を上げたが、胸にナイフで付き立てられたような痛みを感じ、その場へ突っ伏して生涯を閉じた。
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