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「なるほど。それで彼は不貞腐れてるんだ」わたしたちを見比べながら楓が愉快げに笑った。
ジャックの巧みな運転で無事スタンフォード大学に着いたわたしたちは、駐車場に自動車を停めた後、学生を片っ端に捕まえて理学部の場所を突き止め、更にはそこに勤務する楓に連絡を取ってもらった。連絡を取ってもらうと言ってもPKフォンが実質凍結している状態だから、文字通り駆けずり回ってもらったわけだが。
わたしが会いに来たと分かると楓が理学部棟の入り口まで出てきてくれた。颯爽とした雰囲気は相変わらずで、暖色の落ち着いた私服の上から仰々しい白衣を羽織っている。それ、いるのか。ただ見せたいだけじゃないか、と勘ぐってしまう。
「このあ!来てくれたんだ。言ってくれれば迎えにいったのに」楓が弾けんばかりの笑顔を向けてくる。
「言うも何も連絡の使用がないでしょ。アルいないんだから」
楓の第一声が日本語のそれで、受け答えするわたしも日本語のため、マークとジャックはぽかんとしていた。
楓が欧米のノリのままに抱き締めてこようとするから、思わず避けようと身体が反応したが、ジャックの視線を感じて渋々とされるがままになる。
楓は膝をついて満足するまで抱擁するとそのままの姿勢で「で、この人たちは?」と二人に視線を上げた。
「わたしの同僚で後輩のマークと、ここまで送ってくださったジャックさんだよ。ジャックさんのお孫さんはここの学生らしくて、迎えにいくついでにって乗せてくれたの」わたしはいい加減離れろと若干楓を押しながら二人を紹介した。「何か、わたしが楓の姪で、マークが誘拐犯だと思い込んでるから、誤解を解いといて」
わたしがそう言うと、楓は声を上げて笑った。苦しそうに腹を抱えている。
「何で、そういうことになるわけ?」中々収まらないのか、涙まで浮かべている。その姿にデジャヴを感じながら返答する。
「PKフォンが使えなくて身元証明ができなかったんだよ。わたしどう見ても子どもだし。一緒にいるマークは親類っぽく見えないから」
すると楓は更に身体を揺すって笑い出した。追加の石炭を放り込まれた機関車のようだ。一頻り笑い終えると、肩で息をしながらやっと立ち上がった。わたしもようやく解放されて、強張った肩をぐるぐると回す。
涙を拭きながら楓は流暢な英語に切り替えた。
「すみませんジャックさん。うちの姪がお世話になったみたいで」
そんなこと言い出すからわたしはどきりとした。ちょっと、と彼女の上着の裾を引っ張る。そのままじゃマークが誘拐犯のままじゃないか。わたし自身面白がっている気持ちもあったものの、濡れ衣を着せてしまった手前、容疑が晴れないんじゃないかとどぎまぎしてしまう。
「いやいや、お気遣いなく。その子の叔母というのがまさか大学の先生だったとは。うちの孫がいつもお世話になっております」ジャックも晴れ晴れとした笑顔で応じた。そしてマークに厳しい目を向ける。「それでは俺はこの馬鹿を連れていきますから。何でもその子を連れ去ろうとしていたようで。そこを俺がこう、救い出したってわけで」
その言葉にまた楓が笑い出す。気が気でないわたしはおたおたとするしかなかった。しかし楓は、笑いを噛み殺しながら続けた。
「あー、ジャックさん?その事なんですけど…彼、実は私のボーイフレンドなんですよ」
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