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「…へ?」
その場にいた誰もが、声を揃えてそう言った。言葉が揃ったりすると案外悪い気がしなかったりするのだけど、こんな間の抜けた音だと、重なったところで何の感慨も沸かない。
三人とも呆気に取られている中、楓だけからからと笑っている。
どうにか言葉を取り戻したジャックが口を開いた。「しかし、その子が変な感じで話しかけられたと…知らない人のような様子で…」
「あー、二人は今日初めて会うんですよ。今日紹介するつもりだったんですけど、AIがメンテナンスに入ってみんなPKフォンが使えなくなったじゃないですか」
「んー…よく分からんが、機械の不調ということか?」
「そうですそうです。で、本来なら私が迎えにいかなきゃなんですけど、仕事で手が離せなくって。そしたら彼が行ってくれるって。でも彼、不器用じゃないですか」
「不器用…まぁそうか…」
「ええ、そうなんです。だから多分上手く伝えられなかったんだと思います」
「…なるほど、なあ…」ジャックは訝しげにマークを見る。するとマークは小刻みに相槌を打って見せた。
「はい。なので、出来ればその人を連れていかないでもらえると助かるのですが…」楓は下手に出ながら、けれどにこやかに言った。
「…そうか、そういうことなら」ジャックは不承不承という様子でマークに向き合った。「その…すまなかった。俺が勘違いしちまったばっかりに…その…酷いことを言ってしまって」
「いえ、分かってもらえればいいんです」マークも、どこかこそばゆいのか、もじもじとした様子で返す。
それじゃあ、本当に俺はこれで、とジャックが去ろうとした。
「ああ、ジャックさん。お孫さんの場所は分かるのですか?」気を利かせた楓が呼び止める。
「いやぁ…実は分かっとりません」
その返答に楓はまたけたけたと笑い、その後お孫さんが通うという学部を聞き出すと、それならあっちの棟ですね、と軽い道案内をした。
ぺこりとお辞儀をして立ち去るジャックを見送ると、さて、と楓が声を上げる。
「で、この人はこのあの何なわけ?」日本語で言う楓の口元は、通俗的な質問にふやけていた。
「さっき言ったでしょ。後輩だってば。何その気色悪い顔は」
「ええーほんとにー?」
はしゃぐ楓にマークが頭を下げた。
「ありがとうございました。助けていただいて」
「気にしないで。寧ろごめんね。こんなおばさんの彼氏にしちゃって」英語で謝った楓は、しかしその表情に詫びれる様子は見られない。
「そんなことないです。本当に助かりました」
二人の間に割り込むようにわたしは切り出した。「あのさ、楓。ここにスタバないかな」
「スタバ?何で急に?」
「いやさっきね、マークに約束しちゃったんだよね。スタバの高いの奢ったげるって」
「どういうこと?このあってそんなに奢りたがりだっけ」
「ちがうよ。ただマークがコーヒー飲みたいってうるさくて」
「違いますよ。そういうつもりで言ったんじゃないって」
すると何を勘違いしたのか、楓がははぁ、とにやにやと吐息を溢した。
「なるほど。それで彼は不貞腐れてるんだ」
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