1.morning

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 「何の話だっけ…そうそう、リハビリだったね。保険対象者の脳内情報は網羅的に収集されて、定期的に更新しながらバックアップが取られているらしいけど、クローン体にインストールする場合にはその情報を上書きする必要があるでしょ。言ってしまえば白紙の紙に、他のところで描いた絵を切り貼り(カットアンドペースト)する感じ。煩雑な手順を言うなら、何度も同じ信号を繰り返し送ることで、脳内に刻み付けるわけだけど。意識の植え込みはそれだけで済むわけ」  「…体はそうはいかないってこと?」  「勿論。体と脳は一心同体なの。体は脳からの信号で動くけど、その信号がフィードバックすることで脳も成長する。赤ん坊が立ち上がるのを練習したり、橋の持ち方とか自転車の乗り方とかも練習したでしょ?ああやって、体を動かして練習することで、脳内の神経も成長する。新しい回路を構築するわけ。つまり脳は、その体の操作に特化した形に変形していく、とも言えるかな」  「なる、ほど…?」  「その7歳の身体はずっと眠ってたわけ。意識が生まれないようにね。そこに急にこのあのデータを上書きしたんでしょ。じゃあ身体がついていけないのは当たり前じゃない。このあが腕を動かしたいっていう信号を伝えるための神経がまだちゃんと繋がってない。繋がってるのは精々生命を維持するために最低限必要な分だけじゃない?呼吸器、消化器、心臓その他諸々。それらは多分、クローン体に元々備わってる分だろうと思うけど。で、残りの、このあが自分の意識で動かせる範囲に関しては、このあの意思で繋いでく必要がある。だからリハビリは必要ってことでしょ」  「へぇ…まるでお医者さんだね」わたしは感嘆の溜め息をついた。  「医者ならもっとちゃんとしてるでしょ。寧ろしてないと許さない。このあの治療ちゃんとしなかったら絶対に」楓が熱を帯び始める。だから、まあまあと宥めた。  その後はどうでもいい、友人としか出来ない雑談を繰り広げ、それもわたしの体力を気にした楓によって幕を下ろした。  「じゃあ、しばらく安静になさい。療養は必要よ、療養は」  「うん。久々の長期休暇だと思って、羽を伸ばすよ」わたしはあまり深刻にならないようにと、冗談を飛ばす。  「あ、休暇って言えば、あれキャンセルしとくね。目が覚めてから確認しようと思ってたけど、その様子じゃ無理そうだし」ふと思い出したように、楓が言った。  「あれ?」  「あれよ。あのライブ」  「ライブ?何かあったっけ」  するとしばらく沈黙が続く。やがて、ああ、と返ってきた。  「ああ、そっか。覚えてないよね。ううん、何でもない。気にしないで」  「え」とわたしは、置いてけぼりを食らう。  じゃあまた週末にお見舞い行くから、そう言って楓は、さっきの話も放り出してチャットルームから出ていった。  楓は昔からああいうところがあるな、と諦めに似た感情を抱きながら、一人だけの病室に意識を戻した。  先程までチャットに集中させていたせいか、楓との会話が終了した途端、静けさが舞い戻ってきた。寂しさと共に鬱々とした気分も一緒に帰ってくる。  あの時、と考えてしまう。あの時、もしこのESがあれば、母にもまた生きて会えたのだろうか。
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