3.evening

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 仕方ないからわたしは自分の非を認めることにした。  「気にならない、て言えば、まぁ嘘になるよ。…まともにさよならも言えなかったんだし」  そう口にした途端、胸の中に黒々とした煙が渦巻く。ものが詰まったように気管が苦しい。  わたしと示し合わせたかのように、先程まで元気だった楓の顔に影が射した。それにひとり気付かずに、マークは話を続けようとする。  「ちゃんと別れなかったってことですか。それは駄目ですね。そんな風に後々禍根が残るんだから。先輩、そういうことはちゃんとしないと」  「そりゃ出来たらわたしだって─」  自分でも声が暗くなったことに気付く。何かが胸の奥から溢れ出てきそう。そんな予感がする。  「はい!この話はおしまいー」楓が不自然に会話を終わらせた。  「え、何でですか。まだ─」  「マークくん。いいのいいの。ね。この話はここまで。で、何だっけ?AIの会社行ったんだっけ?」作り笑いを浮かべた楓は有無を言わさぬ勢いで話題を変えた。  納得していない顔のマークは、けれど味方を失ったためか渋々と話を戻す。  「…はい。さっきまでWPSのオフィスにいたんですよ。…いやオフィスというより、倉庫みたいでしたけど」  マークの言葉に、この目で見た情景が再び立ち上ってきた。  無機質な部屋。銀色の光沢。黒い箱の群れ。騒音の嵐。その中で滑るように通る綺麗な声─。  わたしの身体が突然跳ねた。金属製の椅子とテーブルが酷い音を立てる。  「ど、どしたの急に…」  二人が目を丸くしてこちらを見ていた。わたしの挙動に驚いたらしい。けれどわたしはそれどころではない。頭の中が混乱してぐちゃぐちゃになって─。  「─アメリアだ」  口を突いて出たのは日本語だった。  「…What?」楓の英語が聞こえる。  「アメリアだよ!あれ、あれはアメリアだった…っ!」  勝手に言葉が飛び出していく。controlできていない。目の前が黒い。blindのだろうか。そう思うほどに。煙がin my blainに充満する。  「このあ、落ち着いて」  楓の声が聞こえる。気付いて目を上げると楓の顔が見えた。彼女の眼鏡の向こうの目が心配している。それは分かった。  大丈夫だから。そう言おうとして喉か震えた。そして別の言葉が出てくる。  「アメリア…っ。アメリアだった。生きてたんだよ、楓っ!アメリアは…あの写真も、だからきっと邦明だって─」  「このあ!」  はっと辺りが明るくなる。楓と、その奥にマークの顔が、鮮明に見えた。怯えてる。違う、戸惑ってる?彼の見たことのない表情。それが何かとダブる。  「二人はもう居ないの!あの日から、原爆が落ちたってあの日から、二人とも連絡取れないじゃん!だからこのあ、もう二人は─」  その続きが聞こえない。楓が何かを言っている。苦しい。  息が出来ない。  そう気付いたときには世界は暗転していた。  助けて。その言葉にいつも応えてくれる電子音声は、けれどその時は聞こえなかった。
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