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仕方ないからわたしは自分の非を認めることにした。
「気にならない、て言えば、まぁ嘘になるよ。…まともにさよならも言えなかったんだし」
そう口にした途端、胸の中に黒々とした煙が渦巻く。ものが詰まったように気管が苦しい。
わたしと示し合わせたかのように、先程まで元気だった楓の顔に影が射した。それにひとり気付かずに、マークは話を続けようとする。
「ちゃんと別れなかったってことですか。それは駄目ですね。そんな風に後々禍根が残るんだから。先輩、そういうことはちゃんとしないと」
「そりゃ出来たらわたしだって─」
自分でも声が暗くなったことに気付く。何かが胸の奥から溢れ出てきそう。そんな予感がする。
「はい!この話はおしまいー」楓が不自然に会話を終わらせた。
「え、何でですか。まだ─」
「マークくん。いいのいいの。ね。この話はここまで。で、何だっけ?AIの会社行ったんだっけ?」作り笑いを浮かべた楓は有無を言わさぬ勢いで話題を変えた。
納得していない顔のマークは、けれど味方を失ったためか渋々と話を戻す。
「…はい。さっきまでWPSのオフィスにいたんですよ。…いやオフィスというより、倉庫みたいでしたけど」
マークの言葉に、この目で見た情景が再び立ち上ってきた。
無機質な部屋。銀色の光沢。黒い箱の群れ。騒音の嵐。その中で滑るように通る綺麗な声─。
わたしの身体が突然跳ねた。金属製の椅子とテーブルが酷い音を立てる。
「ど、どしたの急に…」
二人が目を丸くしてこちらを見ていた。わたしの挙動に驚いたらしい。けれどわたしはそれどころではない。頭の中が混乱してぐちゃぐちゃになって─。
「─アメリアだ」
口を突いて出たのは日本語だった。
「…What?」楓の英語が聞こえる。
「アメリアだよ!あれ、あれはアメリアだった…っ!」
勝手に言葉が飛び出していく。controlできていない。目の前が黒い。blindのだろうか。そう思うほどに。煙がin my blainに充満する。
「このあ、落ち着いて」
楓の声が聞こえる。気付いて目を上げると楓の顔が見えた。彼女の眼鏡の向こうの目が心配している。それは分かった。
大丈夫だから。そう言おうとして喉か震えた。そして別の言葉が出てくる。
「アメリア…っ。アメリアだった。生きてたんだよ、楓っ!アメリアは…あの写真も、だからきっと邦明だって─」
「このあ!」
はっと辺りが明るくなる。楓と、その奥にマークの顔が、鮮明に見えた。怯えてる。違う、戸惑ってる?彼の見たことのない表情。それが何かとダブる。
「二人はもう居ないの!あの日から、原爆が落ちたってあの日から、二人とも連絡取れないじゃん!だからこのあ、もう二人は─」
その続きが聞こえない。楓が何かを言っている。苦しい。
息が出来ない。
そう気付いたときには世界は暗転していた。
助けて。その言葉にいつも応えてくれる電子音声は、けれどその時は聞こえなかった。
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