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母は強い人だった。わたしがまだ幼いころに父が事故に巻き込まれて亡くなってから、女手一つで私を育ててくれた。仕事のために家にいる時間はほとんどなかったけど、それでも暇があれば私の宿題を、疲れているだろうに、一緒に見てくれたりした。泣き言を言うことも、文句を言うこともなく、母は毎日働いていた。わたしは母の負担を減らそうと家事の大半を買って出ていたが、それでもその母の努力をさも当たり前のことのように捉えていたわたしは、思春期に至る多くの人がそうであるように反抗期を迎え、母と衝突することが多くなった。最後、配属先が決まり、アメリカに立つその日に、何でもないことで喧嘩になり、言ってはいけないことを口走って家を飛び出してしまった。
「わたしはお母さんみたいに、自分のやりたいことをやらない人生なんか、まっぴらよ!」
扉が閉まるその時、目を見開き、眉を八の字にし、目に涙を浮かべた母が、髪に白髪が増え始め、顔のしわが目立ち始めた母が浮かべた悲しげな表情を、今でも忘れることができない。
あれから実家には帰っていなかった。連絡は何度か取っていたが、謝ることはできていなかった。
わたしは死んでも死ななかったのに、どうして母はもういないのだろう。さっきからこの言葉が頭の中を支配している。考えても仕方がない、ESがあったかなかったかの話なのだから。そうは分かっていても同じ言葉がぐるぐると頭をかき乱す。
このままではいけない。何とかそう思い直し、カウンセリングの先生の言葉を思い出す。
「些細な事でも何でもいいです。何か楽しいことを考えてみましょうか」
彼の言葉が無茶だとは分かっているが、それが効果的であることも分かっている。何かないかと鈍った頭を働かせ、先程までの楓との会話を思い出した。
そうだ。わたしはあの有名な小学生と同じ年まで戻ってしまったのだ。体が縮んでしまった彼は、旧知の発明家の手助けを受け、目を見張る早さで立ち直り、大活躍をしてみせた。
それに引き替え、かく言うわたしは5日も寝込んだあげく、目覚めた後も首をかしげることすらできない有様である。我ながら情けない。沈んだ気持ちがさらにずぼずぼと音を立てて、沈んでいく。
はぁ、わたしにもアガサ博士がいてくれたらなぁ。いつの間にか頭の中でそう呟いていたようだ。
「アガサ博士ではありませんが、このあさんには私が付いていますよ」
「そうだったね」アルのそんな一言に、思わずふっと息が漏れた。
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