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少女はリュウと同じように尻餅をついたまま、目の前にいる野獣を見上げた。
リュウが視線を前に戻すと、そこにはもうオオトカゲの顔はなかった。巨竜はその視線を少女の方に向けている。
まずい、オオトカゲの注意があっちに…っ!
リュウは咄嗟に立ち上がろうとしたが、上手く脚に力が入らない。くそっ!女子どもも守れねぇで何がサムライだ!心の中でそう自身を叱責するも状況は変わらない。そうしてリュウがもがいている間にもオオトカゲが少女の方へと身体を動かしていた。
少女は現状が理解できていないのか、呆けた顔でオオトカゲを見上げている。
あいつ、何やってんだよ!リュウは焦りから少女へも怒りが湧く。何でこんな森の中に一人でいるんだよ!保護者はどうした!
オオトカゲが身体を微かに引いた。飛び掛かる気だ。リュウはそう直感した。
「に、逃げろバカっ!!」
リュウの叫びを合図にしたようにオオトカゲが動いた。首が急速に伸びるように動く。いつの間にか大きく開けられた口が、少女を噛み砕かんと覆い被さる。
間に合わない。守れない。助けられない。リュウの頭から血の気が引いた。飛び散る血潮。咀嚼される肉体。そんな光景が頭に浮かぶ。
巨竜の口が、牙がものすごい勢いで閉じられた。リュウの頭が真っ白になる。
その時、オオトカゲの巨大な頭の上で何かがちらりと動いたように見えた。リュウはもはや反射的にそれを見る。
少女がいた。喰われたと思った少女がそこへ跳び上がっていた。どういう原理か分からないが、とても人間の脚力で届く高さではなかった。だからリュウは幻を見ている心持ちになる。認めたくない現実から逃げるために見えた幻覚。
その夢の少女は勇ましくも細い右足を振り上げると、それを思い切り巨竜の脳天に叩き込んだ。
オオトカゲの頭が地面に叩き付けられる。凄まじい地鳴りが響く。その拍子に小枝やら石やらが飛び散り、それがリュウに降りかかった。それらが思わず顔を庇ったリュウの腕にぶつかり、鈍く痛んだ。
…え、痛い?現実味のない状況下でリュウは何か大きな矛盾を感じた。それが何なのか分からないまま呼吸をする。すると、辺りに土煙が舞っていたのか、噎せた。
息苦しさから滲んだ視界の向こうに先程の少女が佇んでいた。片腕を突き出し、手のひらを下に向けている。その手のひらから黒い丸いものが出てきたように見えた。その黒いものは舞い散る雪のようにはらりと落ちると、少女の足下に消えた。
リュウは夢を見ているんだ、と納得しようとした。何処からが夢なのか分からないが、出来れば馬がいなくなった辺りからがいいな。そんなことを思っていると両肩を揺さぶられる衝撃があった。
ほらやっぱり。どうせ寝相が悪いとか、そんな理由でノジマに起こされているんだ。
リュウはようやっと目覚める心持ちで霞んだ視界の焦点を合わせた。
するとそこには見たこともない少女の顔があった。いや、正確には夢の中にいた少女の……。
「お願い、助けてっ」
夢の少女はそんなことを言った。
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