1.名もない少女

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 どうやらまだ夢の中らしい。リュウはぼうっとした頭のまま少女の目を見つめ返す。そういえばいつの間にかオオトカゲの気配もなかった。やはり夢なのか。  「助けてって言われても、今助けて貰ったのむしろ俺の方だけど」  覚めないのなら仕方がない、とリュウは口を開いた。「ほら今、オオトカゲいたじゃん」  しかし少女はリュウの言葉に答えない。さっと視線を走らせると、遠くの方を見るように目を細めた。  何だコイツ。リュウは苛立ちを覚える。夢の中のヤツを相手を腹を立てても仕方がないけど。  急に少女が立ち上がった。白いものが目の前に満ちたが、よく見ると少女のズボンらしかった。コイツ白い服の上に黒い布を被ってんのな。そんなことを考える。  少女は、リュウの思考を置いてきぼりにするようにそそくさを動くとリュウの背後に回った。  何がしたいんだ?夢なだけあって動きが意味不明だな。リュウがそう思っていると急に頭が後頭部から引っ張られた。  痛みが走る。体が後ろにひっくり返る。それだけでは飽きたらず、体が勝手に後方に引き摺られた。  「痛い痛いっ!」勝手に言葉が口を突いて出る。頭の後ろでぷちぷちと音がして、髷を引っ張られていることに気づいた。  てめえ、何しやがる!そう抗議しようとしたところで手が放された。一瞬浮遊感を味わってのち、リュウは後頭部を地面にしたたかに打ち付けた。  悶絶し、頭を押さえて体を縮こませる。ようやく動けるようになると衝動的な怒りに駆られ、少女に詰め寄るように体を引き起こした。  「てめえ、ふざけてんの─」  「しっ」  途端に口を手で塞がれる。リュウはもごっと声を立て、その手をどかそうとしたが上手くいかなかった。  リュウが、出所の分からない敗北感をどうにかしようともがいていると、遠くから声が聞こえてきた。  「─こっちの方だ!」  男の声。その声にリュウは押し黙る。深い藪の向こうががさがさと乱暴に揺すられ、男が二人顔を出した。  その顔はどちらもスキンヘッドに黒いサングラスという外見で、更に顕になった服装は真っ黒いスーツと、双子のようなお揃いの格好だった。けれど身長も顔の骨格もまるで似ていない。  そんな、統一性のあるようなないような二人組が、気配を殺すつもりもないのか乱暴に辺りを散策していた。  リュウは首を縮こませ、隣の少女の様子を確認する。すると少女は警戒心丸出しでその男達の挙動を目で追っていた。  「あいつら、何なんだ?お前、追われてるのか?」リュウは囁き声で聞いた。  少女は男達から目を離さずに返事をする。「うん…。あれ、北の人達なの。あたしを連れ戻しに来たんだ」  「北ね…」リュウも男達の方を見る。「それで?何で逃げてんの?泥棒したとか?」  「そんなんじゃ─」少女が口をつぐんだ。  何事かと思ったが、そこですぐ男達が声を上げた。  「─っ!そこか!」  やべ、見つかった。咄嗟にリュウはそう思ったものの、そもそも俺まで何で隠れなきゃいけないんだ?とふと思った。  そのとき、リュウ達の右手前の方でがさがさと音がした。  まさかさっきの巨竜が─っ!?リュウの顔から一瞬血の気が引いたが、そこから飛び出したのは猪だった。  その猪が、猪突猛進こそが存在意義だとでも言うように、右方向へ一目散に駆け出した。  おい待てっ!と、男達が走り出し、森の奥へ猪と共に消えていった。  …何だったんだ?リュウはそう思いながら何とはなしに隣を見ると、夢の少女はまだそこにいた。呆気に取られたかのように男達が消えた先を見つめている。  よく分かんねぇけど、まあいいか。  リュウは考えることが面倒になり、半ば投げ遣りに少女の腕を取った。リュウに触れられ少女がびくっと反応する。  「とりあえず、ココ離れるぞ。助けて欲しいんだろ」リュウは捨て鉢に言った。
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