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第二話 若の惚れた男
一週間経った今でも、あの時の若の顔が忘れられない。
「僕、好きな人が出来たから」
いつも俺だけを見て、俺だけに甘えていた若が、誰かに惚れた。
俺が知らない間に。
「北条さ~ん。そのへんで止めないと、その人死んじまいますよぉ~」
「あ?」
西國の声に我に返ると、俺の右手は血だらけになっていて、床には顔が潰れた男が気絶していた。
誰だっけコイツ。
「た、助けてくれ!!」
気絶していた男の近くには、同じく血だらけになって泣き叫ぶ奴等が転がっている。
あぁそうだった。確かコイツ等は、俺達のシマで薬を売りさばこうとしていやがった奴等で、俺は今日コイツ等をシメに来たんだった。
「なんだ。無意識にずっと殴ってたのか俺」
「え、なにそれ。ちょーこえぇっす」
「あ?」
「いえ。なんでもありません」
どうも最近胸がムカムカして気持ちわりぃ。殴っても殴っても全然スッキリしねぇし。いや、原因は分かってるんだけど。
「あれでしょ?どうせまた若の事で悩んでるんでしょ?北条さんいつも若の事になると、無意識に暴れ出しますもんね」
「うぐっ」
図星を突かれて言葉が詰まる。
俺が何も言わなくても、西國だけはいつも俺の悩みをズバリと当ててきやがる。正直言ってムカつくし、無茶苦茶不服だ。
だが西國は、いつもこんな俺の相談を聞いてくれる。だから今では俺の相談相手はコイツしかいない。
「っ……聞いてくれるか?」
「いいですよぉ~。んで?可愛い可愛い若が、今回はどんな我が儘を言っておられるんですかい?」
「どうやら、若に好きな奴が出来たらしい」
「ブフッーー!!」
俺の一言に盛大に噴き出して、盛大に笑いながら転げ回る西國。
コイツの行動や言動にはいつもイライラするが、今回はものすごく殴り飛ばしたい。
「そのふざけた笑いを止めねぇと……今すぐ殴る」
「あ、はい。すいません」
そしてこの切り替えの早さは嫌いじゃない。
「んで?なにがそんなにおかしかったんだよ」
「え?あぁ~いやぁ~……それ本人に言っちゃうんだなぁ~……と思いまして」
「は?どういう意味だ?」
「あぁいえいえ!気にしないでくださいな。それよりも、そんな事で悩んでる北条さんが一番笑えますし」
「はぁ!?いや、悩むだろ!!当たり前だろ!!」
「えぇ~……なんで北条さんが悩むんですか。今まさに恋に悩んでるのは若本人でしょうに……」
「そ、そりゃ……そうかもしれねぇが」
自分でもそれは分かってはいるんだ。
本当は恋に悩んでいる若の悩みを俺が聞いてやって、そんでもってその恋が実るようにどうにかしてやるのも俺の役目なんだ。
それなのに……若に好きな奴がいると知ってからどうも落ち着かない。
不安と言うか、イライラするというか、もやもやするというか。
こんな気持ちじゃあ若の恋の悩みなんて聞けるわけがない。
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