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【第15話:ギルドマスター】
「おい! 包帯が足りないぞ!」
「こっちにも水いれた桶持ってきてくれ!」
「魔力がきついわ! 他に回復魔法使える人いないの!?」
倒れている人はいないものの、数人の冒険者が血にまみれており、腕や肩、頭などに痛々しい包帯が巻かれ、皆うな垂れるように酒場の椅子に座っていた。
「あっ! トリスさん! ユイナさんも!」
喧噪の中、大きな声でオレとユイナに声を掛けてきたのは、受付嬢のリドリーさんだった。
「リドリーさん、これはいったい何事ですか?」
慌てて駆け寄ってきたリドリーさんに尋ねると、
「偵察依頼を受けていた冒険者パーティーが襲われたんです。詳しい話はあとでしますので、治療に手を貸して頂けませんか? お二人は回復魔法が使えましたよね?」
そう言って、頭を下げてきた。
「それは構いませんが、オレの方は第一位階の水の回復魔法だから、応急手当ぐらいにしかなりませんよ?」
回復魔法は水、聖の二つの属性で使用できるが、水属性の回復魔法はあまり強力ではない。
その上、オレが使えるのは第一位階だけなので、それでもかまわないかと確認した形だ。
「はい。酒場にいる人たちは比較的軽傷なので、こちらをトリスさんにお願いしたいです。それで、ユイナさんは……」
ユイナの反応が薄い事に気付き振り向くと、少し動揺しているのがわかった。
元々いた世界では身近に戦いの無い生活だったと言っていたので、未だに人の怪我に慣れていないのだろう。
「ユイナ、大丈夫か?」
オレの声で少し落ち着いたようだが、良く見れば、まだ少し手が震えていた。
「ごめん。ちょっと驚いただけだから。もう、大丈夫……。リドリーさん、ボクも手伝います!」
気丈に振舞うその姿に少し見惚れそうになるが、肩に力が入ってがちがちだ。
「その意気は良いんだが……力が入り過ぎだ」
そう言ってユイナの両肩に手を置いて、軽くもみほぐしてやる。
「きゃ!? ちょっとトリスくん!? わかった! ボクもう大丈夫だから!? わかったからぁ~!!」
どうやら肩を触られたのがこそばゆかったようで、身をくねらせてもがきだす。
「もぅぅ!? ボクだって怒るときは怒るよ!」
涙目になりながら逃げ出したユイナが、こちらをジト目で睨んでいるが、その手の震えが止まっている事にオレは一人満足する。
「悪い悪い。でも、どうだ? 良い感じに緊張も解けただろ?」
「あ……うん。ありがと」
少し恥ずかしそうに目を逸らし、それでも緊張がほぐれたのを実感して礼を言うユイナ。
「あ~……ユイナさん。ちょ~っと、急いで貰っても良いかなぁ~? なんてお姉さん思ったり」
ユイナは、リドリーさんのジト目に気付いて、
「ひゃい! すぐ行きましょう!」
慌てて返事を返すと、そのまま逃げるように後を追うのだった。
~
それから半刻ほどで回復魔法による治療も全て終わり、オレたちはギルドが用意した会議室で、治療した冒険者たちから感謝の言葉を受けていた。
「助かったぜ。嬢ちゃんがいなかったら、おりゃぁ冒険者引退する事になってたかもしれねぇ」
そして「ありがとうよ」と言葉を続ける。
この少し年配の男はの名はサリュー。
偵察依頼を受けたパーティーのリーダーらしい。
「いえ。とにかく治療が上手くいって良かったです。それに、最初叫んでしまってすみません……」
さっき話を聞いたら、肩の傷が骨にまで達していたようで、白いのが見えて卒倒して倒れそうになったらしい。
「はははっ! 結構えぐかっただろ? しかし、うちのメンバーもそっちの色男に助けられたみたいだし、最近の新人は粒ぞろいだなぁ」
「こっちの少年も回復魔法の発動には梃子摺ってたが、第一位階とは思えないぐらい効果が高かったぞ」
そんな会話をしていると、扉をノックする音が聞こえ、ギルド職員と思われる男と、リドリーさんが入ってきた。
「よぉサリュー。死にかけてたらしいな? おまけに依頼失敗だって?」
親しそうに声をかけた男はかなりの巨漢で、人好きのする笑顔とは対照的に、その顔には歴戦の冒険者だった証のように、いくつかの傷が刻まれていた。
「ヨハンスさん、すまねぇ。偵察任せておけとか言っておきながら、このざまだ」
ヨハンス……どこかで聞いた名だ。
「そうだ。ギルドマスターの……」
思わず声に出してしまったようで、ヨハンスと呼ばれた男の視線がこちらに向く。
「お? お前がトリス坊ちゃんか? ダディル様から話は聞いてるぞ? 昔から冒険者に憧れてる息子がいるって」
「その坊ちゃんってのはやめて欲しいが、たぶん間違っていないですね」
サリューたちが「領主様の息子かよ」と騒がしいが、知られれば多少騒がれるのは最初からわかっていたので気にしないでおく。
「かははっ。それは悪かったな! じゃぁトリスと呼ばせて貰おう。それで、トリスとそこの嬢ちゃんは治療が終わったわけだが、どうして残っているんだ?」
オレたち以外に、治療を手伝っていた人たちもいたのだが、既にここにはいない。
「それは、緊急依頼を受けるつもりだからだ」
オレの言葉にヨハンスさんとリドリーさんが目を少し見開き、驚きの表情を浮かべる。
「本気か? お前たち、初級冒険者な上にまだ冒険者になって間もないだろ?」
建前上は緊急依頼の場合はランクに関係なく冒険者なら受ける事ができるが、普通は初級冒険者になり立てのような奴には受けさせないと聞く。
「本気です。父さんにも今回の依頼を受ける話は通しています。受けさせてください」
「ぼ、ボクも一緒にお願いします! 第二位階の水魔法が使えるので、何かできるはずです!」
オレの言葉を聞いて、慌ててユイナも声をあげていた。
「……二人とも、ダディル様から内容は聞いているんだな? 今回の緊急依頼はかなり危険だぞ?」
「わかっています。ゴブリンの大規模なコロニーが出来ているんですよね」
「そのコロニーがスタンピード寸前まで育ってるってことも知ってるのか?」
「はい。だからこそ、受けないなんて選択肢はありません」
周りのものもオレとヨハンスさんとの話に耳を傾けて、静かに見守っている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互い目を逸らすことなく、暫くの間睨み合うように視線を交わしていたが、とうとうヨハンスさんが先に折れた。
「がははっ! わかったわかった! 俺の負けだ! ダディル様が言ってた通り、父親に似て頑固だな! お前たちも参加者に加えておくから、あとでリドリーから内容を聞いておけ」
こうしてオレたち『剣の隠者』は、緊急依頼に参加する事が決定したのだった。
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