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【第19話:魔導馬車】
豪奢な馬車の扉の前に立ち、ノックしようと右手をあげた瞬間、扉が中から勢いよく開かれた。
「馬鹿力で叩かれて壊されたら困りますので、あなたはノックしないでくれますか」
不機嫌をこれ以上ないほどその身に纏った少女リズは、こちらを一瞥すると、
「さっさと入ってください。何なら帰って貰っても良いんですよ? 冒険者さん」
後ろでユイナが驚いてるが、オレにとってはいつも通りのやり取りなので、軽く返しておくことにする。
「いいえ、しっかりと依頼を遂行させて頂く。よろしく頼む。メイドさん」
リズはメイドとしての仕事もこなすし、現に今もメイド服を着ているのだが、正確にはメイドではない。
だから、メイドと言われるのを昔から凄く嫌っている。
「あら? 模擬戦で私に負け越している負け犬の鳴き声が聞こえた気がしましたが、気のせいでしょうか?」
華奢な体からは想像もつかないが、リズはスノア様の護衛も兼ねており、昔、模擬戦をした時に、実際オレは負け越していた。
「ぐっ!? もう最後に模擬戦して3年も経ってるんだ。あの時のままだと思うなよ……」
「あら~魔剣だけが頼りのお坊ちゃんが、随分言うようになりましたね。いい加減、冒険者になったのですから、身の程をわきまえて姫様に関わるのはやめて下さらないかしら?」
リズは元々とある裏組織の暗部に育てられていた過去を持ち、組織壊滅の折にスノア様に命を救われている。
その為だろう。スノア様への忠誠心がとんでもなく高い。
オレとそりが合わないのも、スノア様への異常に高い忠誠心からだ。
まぁ……今考えるとリズが怒るのも当然で、昔のオレは恐ろしい事に姫様と対等に友達付き合いしていたからな。
「わかっている。この依頼が済めば、そうそう関わる事もなくなるだろう」
オレの言葉が意外だったのか、リズは少し驚いたような表情を見せ、
「わかっているのなら良いのです。さぁ、早く乗ってください」
そう言って、中に入っていったのだった。
~
「トリスくん……その~……事情はよくわからないけど、大丈夫?」
少し考えてしまい、扉の前で突っ立っていると、ユイナに袖をひかれて心配されてしまった。
「あぁ、問題ない。そうそう。それはそうと……驚くなよ?」
「ん? 驚くって何の……こと……」
やはり驚かないはずがないよなと一人で納得し、ちょっと悪戯が成功したような気分で先に馬車の扉をくぐる。
「凄い……どうなってるの……?」
ユイナは目を何度も擦り、目の前の光景にただただ驚いていた。
だが、いつまでも入口にいるのも失礼にあたるので、適当な所で早く乗り込むように促す。
「ユイナ。そこで驚いていないで、とりあえず中に入れ。ほら」
左手を差し出してユイナの手を掴むと、馬車の高さまで引っ張り上げてやる。
「あ、ありがと……」
少しうつむき加減で礼を言うユイナに、
「これは空間拡張って言う魔法技術らしい。容量拡大の効果がかけられた魔法の鞄があるだろ? あれを王国の魔法技術の粋を集めて改良を重ね、馬車に丸ごと適用したものらしいぞ」
と、簡単にこの部屋がどういうものか教えてやる。
オレ自身も初めてこの馬車を見た時は驚いたものだ。
なにせその広さはうちの屋敷の応接室が丸ごと入るほどで、空間拡張された室内には軽い調理器具や寝具まで備わっているのだから。
「うは~……凄いなぁ……ほんとに異世界って感じ」
ユイナから自然に零れた言葉だったが、あらためてユイナが他の世界から来たことを再認識させられ、少し胸が締め付けられた。
「まぁ、こんなの王家ぐらいしか作れない気はするがな」
二人でそんな会話をしていると、待ちきれなくなったスノア様が声を掛けてこられた。
「トリス、ユイナ? いつまでそんな所で突っ立っているのです? こっちに来て一緒にアーグル茶でも飲みましょう」
そして側に控えていたリズに一言「お願いね」と伝える。
優雅に礼をして準備に向かうリズのその姿は、さきほどの面影は微塵も感じられない。
「失礼します。でも、一緒に座るわけには……」
スノア様は満面の笑みを顔に浮かべ、自分の座っているソファの隣をパンパンと叩いているのだが、さすがに同じソファーに座るのは憚られた。
「姫様。さすがに一冒険者と一緒にお座りになるのはお控えください」
素早くアーグル茶を用意して運んできたリズが、その行為をたしなめる。
「リズはどうして昔からトリスと仲良く出来ないのですか? 私は二人とも信頼に足る友だと思っていますのに……」
そう言って悲しそうにリズを見つめると、あの気の強いリズをたじろがせる。
「け、決して仲が悪いわけでは……ただ、姫様はご自身のご身分というものをお考え下さい」
「む~……」
頬を膨らませるその横顔は歳相応の少女のもので、思わず見惚れそうになるほど愛らしかった。
「そんな頬を膨らませてもダメなものはダメです。トリス、早く向かいの席にお座りなさい」
今ばかりはリズの言葉に感謝しつつ、ユイナを促してそのまま向かいの席に座る事に成功する。
それでも実際は恐れ多い事なのだが、もうこの辺りで妥協しないと機嫌を損ねてしまうだろう。
「トリスまで……もう~仕方ないですわねぇ」
ようやく席が決まってホッとしていると、突然どこかから声が掛けらた。
『姫さま、失礼します。ファイン様が準備が出来たので問題なければ出発したいとの事ですが、何も問題などありませんでしょうか?』
どうやっているのかわからないが、外にいるはずのロイスの声が馬車の中に届いていた。
この仕掛けはオレも知らなかったので少し驚いたが、王国の技術の粋を集めて造られた馬車なので、まだまだオレの知らない仕掛けがあるのかも知れない。
「こちらは問題ありませんわ。ファイン殿に『共に力を合わせて勝利を勝ち取りましょう』とお伝え下さい」
このあと、ほどなくして馬車は動き出す。
こうしてオレとユイナは、討伐遠征をスノア様と同じ馬車で移動する事になったのだった。
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