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【第21話:魔法使い】
暗闇の中、突然笛の音が鳴り響いた。
「ま、魔物の群れだぁ! スタンピードだぁぁーーー!!」
悲鳴のようなその叫び声に飛び起きると、オレは魔剣を持ってテントを飛び出す。
今回のような任務中は冒険者は余程の事が無い限り、装備を外さない……と聞いていたので、オレも習った形だ。
「慌てるでない! 姫様の張った結界が効いている! 皆冷静に対処しろ!」
この声はサギリス様だ。
さすが歴戦の騎士を率いる騎士団長だけあって、このような事態でも動じず冷静に檄を飛ばしていると感心しつつ、まずはユイナと合流する事を優先する。
「ユイナ! 起きてるか!?」
隣に張っているユイナのテントに声を掛けると、中で慌てている様子がうかがえた。
「お、起きてます! でも、ちょっと待って! まだ開けないで!?」
どうやらユイナはご丁寧にしっかり着替えて寝ていたようだ……。
オレも冒険者の心構えを教えておくべきだったと、少し反省する。
「ごめんなさい! ボクのせいで待たせてしまって」
余程慌てて着替えたのか髪がかなり乱れていたが、ちゃんと一通りの装備は整えているようだ。
「気にするな。それより、一旦スノア様の所に向かうぞ」
夜の警護は青の騎士団で交代でするからと言われ、オレたちは魔導馬車から少し離れた位置にテントを張ってしまっていた。
しっかり身体を休めて、その分明日の討伐作戦で活躍して返せば良いと、その言葉に甘える事にしたのが裏目に出てしまった。
無理を言ってでも、やはりオレたちも警護につくべきだったと少し後悔がよぎる。
そして、ようやく魔導馬車の側まで辿り着いた時だった。
「トリスくん! あれ!!」
ユイナの声につられて結界の外に目を向けると、そこには数えるのも馬鹿らしいほどの蠢く黒い影が、まるで森そのものがあふれ出してきたかのような光景が広がっていた。
「なんて数だ……」
ゴブリンの数は100匹以上と聞いていたが、とてもそんな次元ではない。
今見えているだけで裕にその何倍もいそうな数だ。
隣でユイナが息を呑む音が聞こえて視線をやると、目に明らかな怯えの色が見える。
「ユイナ。大丈夫だ。スノア様の結界がある」
少しでも落ち着かせようと、そう語り掛けると、後ろから同じ言葉がかけられた。
「その通りです! みなさん! 『泡沫の聖域』がある限り、侵入されても動きは鈍ります! 今は討って出るのではなく、自陣に誘い込んで弱った所を返り討ちにするのです!」
周りの者たちを見渡すように順に視線を送り、堂々と告げるその姿は、スノア様がなぜ『青の聖女』と呼ばれるようになったかを思い起こさせる。
スノア様は、このような討伐を何度も経験しているのだ。
もちろん規模はここまでのものは経験していないと思うが、スノア様はただ地方都市や村を周って王国民の怪我や病気を癒していただけではない。
地方都市で情報を集め、その領内の村で対処するのが難しいようなコロニーの話を聞きつけては、近衛騎士団と共に颯爽と現れ、魔物の群れを悉く討伐してきたのだ。
だからこそ近衛騎士団は精強だし、スノア様の纏う戦闘用の青いマントがその象徴となって、いつしか人々はスノア様の事を『青の聖女』、近衛騎士団の事を『青の騎士団』と呼ぶようになった。
その後、近衛騎士団が正式に名称を『青の騎士団』にし、スノア様も『青の聖女』の二つ名を受け入れ、その名は誰もが知るものとなった。
「スノア様は本当に凄いなぁ……ボクと歳変わらないのに……」
だから、ユイナが思わずそう呟いたのも当然の事なのだ。
当然の事なんだが、オレはそのまま聞き流せなかった……。
「ユイナ。スノア様だって普通の女の子だよ。周りが彼女を創り上げたから、それを演じているに過ぎない。わかっているのは団長やほんの一握りの者だけだろうがな……」
ユイナは、そんな事は考えもしなかったと言うように、驚きの表情を浮かべる。
「だから……ユイナは、それを理解してあげられる、友になってやってくれ」
それだけ言って、今は話を切り替える。
「まぁとにかく……それもこれもこの襲撃を切り抜けてからだ!」
オレの考えや想いを理解してくれたのか、ユイナはその瞳に強い意志を込め、力強く頷いてくれたのが嬉しかった。
~
「飛び出さず陣地に誘い込んで倒せ!」
「そっち3匹行ったぞ! くそっ! キリがねぇ!!」
「話が違うじゃねぇか!? 動きは鈍るが、こいつら一行に死ぬ気配ねぇぞ!?」
スノア様が張った『泡沫の聖域』に引き込む形で、夜営地の至る所で戦闘が始まっていた。
しかし、本来なら聖域の光の波紋を数度受ければそれだけで靄となって霧散するはずの普通のゴブリンたちが、何故かしぶとく生き残り、動きを鈍らせながらも襲ってくることに戸惑いを隠せなかった。
「勝手にくたばらねぇだけで、動きは極端に鈍るんだ! 文句言ってねぇで倒しやがれ!」
それでもベテランの冒険者たちが中心になって檄を飛ばし、圧倒的なその数になんとか対抗は出来ていた。
もちろんオレやユイナも遊んでいるわけではなく、スノア様を護衛しながら前線で戦っていた。
そう……前線で。
「姫様!? 前に出過ぎです! もう少し後ろに下がってください!」
ロイスさんが、動きの鈍った二匹のゴブリンを間を縫うように駆け抜け、それぞれ一刀のもとに斬り伏せると、すぐ前に出ようとするスノア様に苦言を呈す。
「でも、ロイス。私の聖属性での回復魔法は届く距離が短いのですから、仕方ないではありませんか。さっきの冒険者の方を回復もさせずに見て見ぬふりをしろと言うのですか?」
スノア様の性格は良くも悪くも、まっすぐだ。
怪我をしている人を見つけて、治療もせずに自分だけ安全な所で待っているなど出来ようはずがない事は、ロイスさんもわかっていた。
わかっているから、反論できずに困ってしまうのだが……。
「ぐっ!? 確かにそうです……が!」
動きの鈍ったゴブリンなどロイスさんの敵ではなく、会話しながら次々と陣に入り込んできたゴブリンを斬り倒していく。
そんな中、オレもロイスさんと並ぶ形で壁となり、襲い掛かってくるゴブリンを斬り倒していた。
「ユイナ! 次行けるか!? 数が多くて捌ききれなくなってきた!」
そして、オレとロイスさん、それから名前は憶えていないが青の騎士団の騎士二人で壁となり、スノア様とユイナを守っている。
後方からユイナに攻撃魔法を撃ってもらうためだ。
ユイナは暫く集中して魔力を練り上げていたが、それもようやく終わったようだ。
「水魔法行きます! またボクの魔法発動に合わせて、場所を空けて下さい!」
両手を前に突き出し叫ぶユイナの前に、無数の水滴が浮遊し始める。
水滴はわずかな時間でその密度を増すと、次々と繋がっていき、点から線へ、線は曲線へとその形を変えていく。
そして、ユイナの魔法の発動を感じ取ったオレたち前衛組が、一斉にその場所を空けると、ユイナはそれに合わせて魔法を発動させる。
「斬り裂き、舞い踊れ! 『水刃乱舞』!」
ユイナの前面に創り上げられた無数の水の刃が、我先にとゴブリンの群れの中に乱れ飛ぶ。
水の刃一つ一つは、短剣程度の殺傷能力しか持たないが、その効果範囲は目を見張るものがあった。
陣に入り込んでいた10数匹のゴブリンを文字通りすべて血祭りにあげると、それでもその効果を維持したまま、陣の外の群れにまで到達し、さらに十匹以上のゴブリンどもを靄へと変えたのだった。
「ユイナちゃん、すごーーい!」
「スノア様!? だ、抱きつかないでください!?」
リドリーさんが、第二位階の魔法を使えるユイナに期待してしまった理由がこれだ。
顔を真っ赤にして、スノア様から逃れようと藻掻いているその姿からは想像もつかないが、魔法使いが一人いるだけでこれほどの戦力になるのだ。
それを考えると、もっと魔法使いを欲するのは無理もない話だった。
現にオレたちだけでなく、あちこちで集まって戦っている冒険者や衛兵たちは、そのほとんどが魔法使いを切り札にするような形で戦いを進めている。
ユイナの作り出してくれたひと時の休息に感謝を覚えつつ、何とか息を整えると、
「ユイナ! まだ魔力は大丈夫か?」
魔力の残りを確認する。
「まだまだ大丈夫です! ボク、魔力の量は結構自信があるんだ!」
これで勇者の中では落ちこぼれだと言うのだから、信じられない話だ。
オレは、そのユイナの言葉に頼もしいものを感じつつ、空いた空間を埋めるように押し寄せるゴブリンどもに、意識を集中させていくのだった。
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