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【第31話:悪意というもの】
「まずはソイツを逃がさないように包囲を固める! 盾を持つものは包囲陣形に加われ! それ以外の者は合図とともに徐々に全方位から詰め寄って、同時に仕掛けるぞ! 魔法使いは……」
この世界では、領主はその貴族特権と引き換えに、多くの義務も負うことになる。
有事の際、その先頭に立って部隊を率いて戦いに赴くのもその義務の一つだ。
ファイン兄さんも跡取りとして、そういった事態に陥った際の対応は学んでおり、戦術なども叩き込まれているため、澱みなく的確に指示を出していた。
座学を必死にさぼろうとしていたオレからすると、兄ながらもさすがと感心する。
魔物に強襲された先ほどの戦いでは、なかなか思うように指揮を取れなかったようだが、今回は的確に指示をだしてサイゴウを追い詰めている。
散発的に撃ち込んでくる魔法を、盾持ちの前衛が防ぎ、攻撃役の前衛が包囲を縮めつつ、後方では魔法の詠唱を開始する。
しかし……オレは、いや、オレたちは、魔族というモノを知らなさすぎた。
誰かが放った火属性魔法が、背後からサイゴウに向かって飛んでいく。
「ぎゃぁぁ!? ……なんてな?」
魔法使いの放った魔法の炎の直撃を受けたに見えたサイゴウだったが、苦痛をよそおった顔を平気な顔に戻すと、そう言っておどけてみせたのだ。
そしてその代わりに……、
「ひぃぃ!? うわぁぁぁ!? た、たすけ……て……」
突然、包囲陣の後方で一人の魔法使いが炎に包まれ、倒れ込む。
「なんだ!? 何が起こったんだ!?」
後方の魔法使い達に動揺が走る中、オレはそれが自分がさっき斬り裂いたナニカだとわかった。
「っ!? これは『仇怨の衣』か!? さっき消し飛んだんじゃ無かったのか!?」
オレの叫びに気をよくしたサイゴウは、
「くっくっく……ば~か! 俺、闇魔法は得意なんだよぉ? こっそりすぐに張り直したに決まってんだろ~?」
そう言って、くくくと下卑た笑いを続ける。
魔族というモノがどういった存在なのかはわからないが、少なくとも元の人間だった時の意識などは残っているようだし、人だった頃と同様に、かなり知恵も回るようだ。
今回のように悪知恵も……。
オレは魔物のように変化したその姿に、どこか漠然と知能が下がっていると決めつけてしまっていた。
(やられた……これはオレが気付くべきだった……)
自分を責めて悔いるが、今はそんな場合じゃないと、皆に今しがた起こったことを叫んで伝える。
「なんだとっ!? 仕方ない! 普通の武器しか持たないものは一旦距離を開けろ!!」
そしてこれで……オレたちは迂闊に攻撃できなくなった。
「我が青の騎士団は、前に出て時間を稼ぐぞ! 急げ!」
サギリス様がいざという時のために追加で指示を飛ばすが、少し遅かった。
「最っ高の気分だぜぇ~なんかヤバイのキメてる気分じゃ~ん」
そう言って手のひらをこちらに向けると、自身の周囲に無数の黒い光球を創り出したのだ。
「不味い!? 前に出ている者は包囲陣形の後ろに避難しろ!! 盾持ちは魔力を通して魔法を防げぇ!」
すぐさまファイン兄さんから指示が飛ぶが、
「遅っせ~んだよぉぉぉ!」
サイゴウが黒い光球を放つ方が先だった。
オレは咄嗟に後ろに下がると、スノア様とユイナに向かいそうな黒い光球を魔剣で斬り裂き、消滅させる事に成功させる。
だが、同じように斬り裂こうと振るった冒険者のその剣は、黒い光球を素通りし、身体に受けて倒れていってしまった。
「ばぁか! 普通の剣で、俺の闇魔法が斬れるかよ!」
青の騎士団やうちの騎士、それに一部の冒険者は、魔剣や魔力を通した剣や盾を使用していたお陰で無事だったが、衛兵と冒険者を中心に、かなりの者が闇魔法を受け、倒れてしまった。
どうやら一撃で死ぬほどの威力ではないようだが、皆かなり苦しいようで、倒れ、もがき苦しんでいる。
「くっ!? 包囲陣形を立て直すぞ! スノア様! この者たちの治療は可能ですか!? トリス! お前はスノア様を護衛しろ!」
一旦サイゴウから離れてしまっていたオレは、悔しいながらも指示に従い、スノア様の元に駆けよって声をかける。
「スノア様! どうですか? 治療できそうですか?」
その時すでに、近くで倒れた衛兵に治癒魔法を施していたスノア様だが、
「わたくしの魔法でも対症療法は可能なのですが……闇魔法に対抗できるのは、御伽噺と同じく光魔法だけのようで、すぐに回復とはいかないようです……」
治療を終えたにもかかわらず、まだ苦しそうな表情を浮かべる衛兵を、申し訳なさそうに見つめていた。
どうやら継続的に回復させる治癒魔法で悪化を防いでいるようだが、根本的な治療が出来ないらしく、闇魔法の効果が切れないと完治はしないでしょうと状況を説明してくれる。
そして……スノア様のその澄んだ瞳は、じっとユイナを見つめていた。
「ユイナ。今からでどれほどの隠蔽効果があるかわかりませんが、もう一度、仮面をつけて……あの力を使ってくれませんか?」
「え? も、もちろんです! すみません。ボク、混乱してしまって……それに、ボクのせいで、こんな、こんな事に……」
一瞬、スノア様の言葉に元気にこたえたユイナだったが、このような事態に陥ったそもそもの原因が自分にあると、その顔を蒼ざめさせていく。
しかしスノア様は、その両手をユイナの肩にそっと乗せると、
「悪意というものは、向こうから勝手に忍び寄ってくるものです。それに負けてはいけません。自分のせいだと自らを責めるのではなく、自分に出来る事を、ユイナの精一杯を尽くせばそれで良いのです」
優しく力強い言葉を届けて、最後はそっと抱きしめた。
「スノア……さま……ふぇ、ふぇ~ん! しゅノアしゃまぁ~!」
なんかユイナの泣き方が、いろいろ台無しにしてる気もしたが、二人の純真なその気持ちに、オレも胸を打たれたのは確かだった。
あんな奴のせいでユイナが苦しむ必要は、無い!
「ユイナ! オレも全力でお前を守る! だから、今はお前の辛い気持ちも、やるせない気持ちも、悲しい気持ちも、一旦全部オレに預けろ!」
と、意気込んで想いをぶつけてみたのだが……。
「とりしゅく~ん!」
「うわぁ!? 抱きつくな!? は、離れろっ!! 守れなくなるだろぉ!?」
締まらない『剣の隠者』の二人なのだった……。
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