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【第25話:命尽きるその時……】
「この調子で戦いを進められれば……」
きっと勝てます。
そう言葉を続けようとした時……守りの布陣の一角が吹き飛んだ。
いったい何が起こったのかわからず、魔剣を構えながら視線を向けると……そこにはジェネラルの変異種がいた……。
「ばかな!? あのローズさんが手練れの騎士二人を連れて向かったんだぞ!?」
オレは目の前の現実を飲み込めず、思わずそう叫んでしまっていた。
しかし、無慈悲にもその現実は、オレが冷静さを取り戻すのを待ってはくれなかった。
「うわぁ!? 来るなぁ!?」
力任せに無造作に振り下ろした大剣で、咄嗟に受けた剣ごと一人の冒険者を叩き切ると、一歩、また一歩とこちらに近づいてきたのだ。
「王女様をお守りしろ!!」
先ほどスノア様に治療された騎士が叫び、その進路を同僚の騎士二人と塞ぐが、数合の打ち合いだけで、騎士の盾は砕かれ、輝いていた剣は刃がかけ、見る間に斬り倒されてしまった。
「ひぅ!?」
ユイナが息を呑む音で我に返ったオレは、すぐさま指示を飛ばす。
「くっ!? 止められない!? ユイナ! スノア様を連れてサギリス様の元に向かえ! リズ、ビビって無ければ道中の護衛を頼めるか!?」
「び、ビビってなどいません!!」
明らかにビビてるじゃないかと内心苦笑しつつも、
「じゃぁ、任せるぞ……オレは、ここで時間を稼ぐ!」
そう言って奴の行く手に立ち塞がる。
「えっ!? えぇ!? トリスくんも一緒じゃないの!?」
オレも一緒について行くと思っていたユイナが、慌てて立ち止まるが、
「スノア様! どうするかはわかっておられますね! 今、あの時の約束を、お守りするという約束を果たします! だから、ユイナを……頼みます!!」
スノア様にユイナも連れていくようにとお願いする。
きっとユイナは甘い世界で育ったから、こういう時にオレを見捨てる事は難しいだろうが、スノア様なら、王族としての心構えを教え込まれて来たスノア・フォン・エインハイト様なら、わかってくれるという確信があった。
「トリス……こんな……わかりました。こんな役を引き受けるのです。トリス! 無事に戻ってこないと許しませんよ!!」
目に涙を貯めて唇を噛み、泣きじゃくるユイナの手を取ったスノア様は、ゴブリンを斬り払いながら進むリズの先導で、少しずつこの場を離れていく。
「いや!? トリスくん!! ボクも残る!! スノア様! 良いんですか!?」
駄々っ子のように叫ぶユイナに、
「良いわけがありません! ……良いわけが……あるわけないじゃないですか……」
とうとう溢れた零れる涙をそのままに、力強くユイナの手をひいて歩き続ける。
ずっと見送っていたかったが、もうその時間もないようだった。
心の中でそっと二人にお別れを済ませる。
咆哮をあげながら、奴が斬り込んできたのだ。
「ちぃぃっ!?」
オレは魔剣で軌道を逸らすように受け流すのだが、その膂力に身体を持っていかれそうになる。
「なんて力だよ!?」
そう驚愕しつつも、長年の鍛錬で体に沁み込ませた動きに逆らわず、身体をくるりと回転させて奴の側面に回り込む。
「はぁっ!」
短く息を吐いて横薙ぎの一閃を放つが、大剣をまるで小枝のように強引に引き戻して逆にはじかれてしまった。
「くっ!? まだまだっ!」
一旦距離を取って魔剣を素早く鞘に収めると、すぐさま距離を詰めてきた奴に向かって居合斬りを放った。
だが、これもまた力で強引に振り払った大剣によって弾かれると、今度はそのまま奴が無造作に薙ぎ払って来た。
「かはっ!?」
あまりに無造作に放たれた強力な一撃に、受け流す事ができず、まともに受けたオレは魔剣ごと大きく吹き飛ばされた。
それでも何とか受け身を取って、後ろに転がるようにして起き上がったのだが、あばらの辺りから鈍い痛みが襲って来た。
(くっ!? 骨をやったか。それに手が痺れて、剣がうまく握れない……)
起き上がってすばやく構えはしたものの、たった数合の打ち合いでオレの身体はもう満身創痍の状態に陥っていた。
「まだだ……もっと時間を稼がないと……」
命を捨てる覚悟はとうに決めていたが、まだ全然時間が稼げていない。
このまま死ぬわけにはいかない!
そこからは無我夢中で魔剣を振り続けていた。
一振りごとに襲う胸の鈍痛から目を背け、力の入らない手を誤魔化すように、ただただ呼吸の続く限り振り続けた。
今までオレが身につけてきた全てを以って奴に挑んだ。
どのぐらいの時間、オレは魔剣を振り続けていたのだろう?
時間の感覚が薄れる中、オレの身体は新鮮な空気を求め、痛みはその出口を探し、やがてその動きに精彩をかいていく。
どうやらオレの抵抗もここまでのようだった。
身体が悲鳴をあげ、振りが鈍ったそのとき、終わりの時は訪れた。
またもや無造作に放たれた大剣の薙ぎ払いを、まともに正面から受けてしまったのだ。
「がっ……はっ……」
一瞬意識が飛び、すぐに覚醒した時、オレの身体は吹き飛ばされ、大きく宙を舞っていた。
数瞬の後、何度も地面に打ちつけられる衝撃をその身に受け、気を失わなかったのは奇跡だろう。
ただ、奇跡はそこまでだった。
身体に沁み込んだ動きで気付けば立ち上がって構えてこそいたが……その手に魔剣の姿は無かった。
「いやぁ!? トリスくん!!」
「トリス!! もう十分です! 逃げてください!!」
遠くでオレの名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、意識が既に朦朧としていて何と言っているかまではわからなかった。
ただわかったのは、暗い笑みを浮かべた奴が、ゆっくりと、まるで壊れかけの玩具を弄ぶように、オレを殺しにやって来るという事だけだった。
(冒険者として死ぬのだから、これもまた運命か……)
そう諦めかけたその時……急激に身体の痛みがひいていくのに気づいた。
(なんだ……? 痛みが、いや、手のしびれも、体力までも……)
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
気付けばオレは雄たけびを上げていた。
体中に力が漲り、戦いの疲労感も、痛みも、精神的な疲れまでもが消し飛んでいた。
靄のかかっていた頭が澄み渡り、思考までもが鮮明になっていく。
「いったい、何が起こったんだ……」
何が起こったのか理解が追い付かず、思わず呟きが漏れたその時、警戒の色を強めた奴と目が合った。
すぐさま身構えるが、剣がその手に無い事に気付いて、慌てて齧っただけの無手の構えに切り替える。
しかし、奴はすぐには襲ってこなかった。
(なんだ? ……どうして、襲ってこない?)
こっちは剣すら持っていないというのに、さきほどまでの憎いほどの余裕をどこかにやって、警戒の色を目に宿して中々斬り込んでこない。
こっちとしては、時間を稼ぐには好都合なのだが……。
そう思って暫くじっと待っていたのだが、さすがに痺れを切らしたのか、手に持った大剣を振り被り、とうとう踏み込んできた。
だがその時、オレの中には、もう不安な心は一欠けらも残っていなかった。
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