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【第28話:呼ばれた理由】
オレと話しているときは感じなかったが、ファイン兄さんの所に向かう途中、ユイナはずっと伏し目がちで、悲しそうな表情を浮かべていた。
だが、以前と比べてその瞳には何か強い意志を感じる。
きっとこの戦いで、ユイナも色々と成長したのだろう。
瞳に力を込めて前を向き、堂々と歩くその姿は、ちょっとユイナのくせにと思うぐらいには魅力的に見えて、見惚れてしまった。
「ねぇ? 何だかボクに対して失礼な事考えてない?」
たまにユイナは鋭い時があるので気を付けよう……。
オレは何でもないよと、ユイナの頭に手をのせると、髪をくちゃっとかき乱して見惚れた事実を誤魔化すのだった。
「ふわぁ!? 何すんだよぉ!!」
~
ぷんぷん膨れるユイナを宥め、疲れて座り込む者たちの横を通り抜けると、ファイン兄さんはすぐに見つかった。
「トリス……お前なぁ……無事だったんなら、真っ先に兄貴のところへ報告に来いよ」
開口一番そう言うファイン兄さんの顔は疲れていたが、オレの無事な姿を見てほっと息を吐く。
ファイン兄さんも服が破れて血の跡がついていたので、オレの方が心配になるが、既に治癒魔法で完治していると聞いて、ようやく安心する事ができた。
「あぁ、その……オレの方はファイン兄さんは無事だってすぐに聞けたので、忙しそうなら後で良いかなって……」
オレの言葉に大きくため息をついて、
「お前らしいと言えばお前らしいんだが……」
何だか納得がいかないようだった。
「しかし、それにしても偉く元気に見えるな? ジェネラルの変異種を倒したのはトリスだと報告を受けているんだが、本当なのか?」
ファイン兄さんは、サギリス様と共にあの激戦の中で一緒に戦っていたらしく、Bランクの魔物の強さ、ゴブリンジェネラルの強さを間近で見ていたそうだ。
だからこそ、通常のジェネラルを上回る強さのはずの変異種を、オレがたった一人で倒したと聞いて、ちょっと信じられないでいるようだった。
ファイン兄さんとは最近までたまに模擬戦をしていたので、オレのだいたいの強さを把握していると言うのも、その要因の一つだろう。
「それは……そう! 謎の仮面の冒険者が現れて、物凄い強化魔法をかけて貰ったんだ!」
「ぷひゃっ!?」
後ろでユイナが、飲んでた水を可愛らしい声をあげて吹き出しているが、どうせ謎の存在なのだから活用させて貰おう。
「ほう? その仮面の冒険者というのも報告は上がっていたな。一体何者なんだ? なんでも冒険者ギルドでも、たびたび報告があがっていたそうじゃないか?」
何者かというか、今オレの後ろで口を拭いている奴がそうなんだが、それを話す訳にもいかない。
「オレもわからないんだ。ただ……オレの命の恩人である事は確かだ」
だから、きっと悪い奴ではないはずと念を押しておく。
変異種相手の時ではないが、アーチャーに斬り込んだ時に命を救われたのは事実だしな。
「……まぁ良い。とりあえずトリスの無事な顔を見れて安心した。以後はまたスノア王女の護衛に戻れ」
この後ユイナに少し怒られたが、命を救ってくれたお礼がまだだったと感謝の言葉を伝えると、怒りながら照れるという器用な真似を披露してくれた。
そんないつもの調子を取り戻しつつあるユイナを連れ、スノア様の元に向かったのだが、この時、オレは何かの気配を感じて振り返る。
「ん? トリスくん?」
結局何か良くわからなかったオレは、何かあったのかと尋ねるユイナに、気のせいだと首を振ってふたたび歩き出したのだった。
~
「スノア様!? 顔色が悪いじゃないですか! 座って休んでください!」
ユイナが、スノア様の顔色を見て慌てて駆け寄っていく。
恐らくスノア様は魔力切れを起こしているのだろう。
魔力が切れると貧血と似た症状を引き起こすのだが、スノア様は見るからに顔色が悪く、少しふら付いているのが見てとれた。
「ユイナ? もう仮面は付けてなくて良いのですか?」
「うわぁぁ!? それは忘れて下さい!」
「いや、アレは忘れられないだろ……」
「そこのトリスくん! 余計なこと言わないの!」
そんな風に騒いでいると、リズが割って入ってきた。
「ユイナさんとそこの冒険者。スノア様はお疲れなんです。騒がないで下さい」
「スノア様。そこのメイドが何か言ってますよ?」
そして結局リズも一緒になって騒ぐことになる。
でも……これで良い。
この戦いは辛い事が多すぎた。
今このほんのひと時でも、皆で笑顔になれたのならそれで良いと思った……。
~
それから暫くして、サギリス様が現れた。
しかし、サギリス様にいつもの余裕はうかがえず、その表情の固さに何があったのかと場が静まりかえる。
「サギリス……報告ですね?」
何かを察したスノア様がそう尋ねると、サギリス様はゆっくりと小さく頷いた。
「はい、姫様。ゼルトとサミーユ、スクロイトの3名が、その任を全うして旅立ちました」
その言葉に、この場にいた誰もが言葉を失い、沈痛な面持ちを浮かべる。
この世界では、魔物との戦いで死ぬものは多い。
だが、それが自分たちの周りで日常的に起こるかと言えば、そんな訳もなく、例え戦いに身を置く職に就いていたとしても、その悲しみの重さに変わりは無かった。
そして、一番悲しんでいるのはスノア様だ。
「そう……ですか。わたくしが討伐に参加すると言い出したばかりに……」
厳しい戦いになるのは予測していたが、まさかここまでの戦いになるとは誰も思っていなかっただろう。
それを責任と感じるのは、あまりにも酷に思えた。
しかし……サギリス様は、慰めるのではなく、その言葉は違うと否定した。
「姫様。それは違います。その考えは間違っています。それは、旅立っていったものに失礼と言うものです。彼らは、姫様を信じ、信じたからこそ、この戦いに命を賭して挑み、その任を全うしたのです。姫様は彼らに、ただ『良くやった』と送りだしてあげるべきです」
騎士が忠誠を捧げるとはそういうものなのだと、そう言って臣下の礼を取った。
その姿はとても堂に入っていて、まるで物語の一幕のように荘厳だった。
「サギリス……わかりました。ゼルト、サミーユ、スクロイトの三人の名は、その忠誠は決して忘れません。三名の旅立ちが穏やかなものになるよう丁重に弔ってあげてください」
そう告げるスノア様の横顔は、とても凛々しくて、オレたちは何も言えずにただ静かに見守る事しか出来なかった。
~
サギリス様が立ち去った後も、暫くの間、オレたちはずっと無言だった。
周りで戦いの後始末を進める衛兵や冒険者たちを、ただぼんやりと眺めていた。
しかし、その静寂を突然破るものが現れる。
静寂を破ったのは意外にもユイナだった。
「トリスくん……何かおかしい……」
小声でオレたち4人にだけ聞こえる声でそう呟く。
「ユイナ? いったい何がおかしいのですか?」
スノア様のその問いかけに、しかし、ユイナは言い淀んだ。
何かに迷う様子に気付いたオレは、そっとユイナの肩に手を乗せ視線を交わすと、頷きを返してやる。
「うん。そうだね。大丈夫、だよね」
おそらくユイナは、自分が勇者として召喚された、別の世界の人間である事を話すつもりなのだろう。
もう既にあの仮面の効果が通じていなかった時点で、どのみち隠し通す事は出来ないのだ。
それなら、スノア様に正直に話す方が良い。
スノア様なら、きっとわかってくれるという確信があった。
リズも性格はともかく、側付きの護衛メイドをしているだけあって、口の堅さならオレより上だろう。
「スノア様……ボクは、元々この世界の人間ではありません……」
そう言って身の上を話していく。
ユイナが語り続ける間、スノア様はただじっと耳を傾けて聞いていた。
一言一句聞き逃さないように、ただ真剣な眼差しを向けて。
「そうですか。ユイナは勇者だったのですか……それで光魔法が使えたのですね。でも、あのお面は私とリズには効かないわけです。私とリズは対呪いの強力なアクセサリーを付けていますから」
どうりでバレバレだったわけだ。
スノア様は王族なのだから、その手の強力な耐性装備をつけていてもなんら不思議な事ではない。
この国ではあまり暗殺などの物騒な話は聞かないが、他の国では王族が呪法によって暗殺されたなどという話も、まことしやかに伝え聞く。
「そ、そうなんですね……変なセリフ言わなくて良かった……」
そう呟きつつ、オレに余計な事を話すなと牽制の視線を送ってくる。
さすがにオレも、真面目な話をしている時に、意味もなく茶化すつもりはないのだが……。
「でも、どうして急に打ち明けてくれたのですか?」
「それが、ボクたち勇者が召喚された理由を話すためです」
(召喚された理由? それはオレも聞いて無いぞ?)
続きを待つオレたちに、ユイナは言葉をこう続けた。
「ボクたちはね。世界の終末に現れるという『魔神』を倒すために、この世界に召喚されたんだ」
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