【第29話:手記】

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【第29話:手記】

「ボクたちはね。世界の終末に現れるという『魔神』を倒すために、この世界に召喚されたんだ」  ユイナの言葉に、オレたちは息を呑んだ。 『魔神』  それは世界の終末に現れ、世界を滅ぼすモノをさす言葉だ。  魔神はこことは別の世界から連れて来た魔族を従え、魔族は多くの魔物を従え、人々の街を、国を、灰に変える。  この世界のほとんどの国に広まっているだろう有名な話だ。  ただし、それはあくまでも御伽噺としてだ。 「わかってるよ。この世界では御伽噺として広まってるらしいね。でも、聖王国にいた頃、ボクたちは聞いたんだ。聖王国が裏で糸を引いて、終末に備えて少しでも話が広がるようにと御伽噺として広めたんだって」  世界が滅ぶ、終末思想に発展しかねないその予言は、その真実を隠して広められたという話だった。 「そうなのですね。わたくしも御伽噺だとばかり思っていましたわ」  王族として、この国で一番正しい情報に触れてきたはずのスノア様ですら御伽噺と思っているのだから、知っている者は、仕掛けた聖王国のごくごく一部の者たちだけなのだろう。 「はい。だから、この話は御伽噺なんかじゃないんです。何代か前の星詠みの技能を持った宮廷魔術師が、星を読み解いた予言なんだって教えられました」  ユイナの話は何となくわかったのだが、なぜこのタイミングでこの話を? そんな疑問が頭をよぎった。 「聖王国では、この予言に基づいて勇者召喚の儀式魔法を執り行ったんだけど……ボク、偶然知ってしまったんだ」  ユイナが本が凄く好きだという話は、この数日の間に知っていた。  元の世界にいた時には、毎日のように様々な本を読んでいたそうだ。  そんなユイナは、召喚されてすぐの頃こそ、それどころでは無かったようだが、異世界に一人の寂しさを紛らわすため、また、日々厳しさを増す鍛錬からの癒しを求め、いろいろな文献を読み漁ったそうだ。  そんなある日、古い蔵書の中に、ユイナの世界の言葉で書かれた手記のようなものを発見する。 「何を、知ってしまったんだ? その手記には何が書かれていたんだ?」  尋ねるオレの瞳をじっと見つめ、ユイナは消え入りそうな声で再び話を続ける。 「手記にはね。数百年前に起きた悲劇について書かれていたんだ。そして悲劇は必ずまた繰り返されるって……」  そこで一旦言葉を切って、もう一度覚悟を決めるユイナ。 「ボクたち召喚された者は……勇者にも、魔族にもなりえる存在なんだって」  その言葉は、相当の覚悟をもって口にしたのだろう。  ユイナは震える身体を必死に抑え、さらに言葉を続け、重ねていく。 「魔族とは、勇者になれなかったボクたち召喚者の中から生まれる」 「そして魔神とは、魔族の中で一番強い力を手に入れたものの成れの果て」 「ボクたち異世界の者は、死ぬとその力が他の生き残りの誰かに流れ込む」 「だから、いつかは殺し合う運命なんだって」  ユイナから告げられる数々の衝撃的な話に、オレたちは言葉を失って、ただ静かにその独白を聞き入る事しか出来なかった。 「この事は、今のところたぶんボクしか知らないと思う。ボクがこの事実を知った直後に突然追放されちゃったから……。でも、あの手記は持ちだせなかったんだ。だから、いつか残っている誰かがこの事実を知る事になるかもしれない」  それは、追手がかかるかもしれないという事か……。  そもそも魔神を倒すための者を召喚したのに、実際にはその呼び出した者の中から魔人が生まれると知ったら、聖王国はどういった行動を起こすのだろう?  全員抹殺しようとするかもしれないが、他のものに力が流れ込むなら、殺せば良いという簡単な話でもない気がする。 (ユイナはもうオレの仲間だ。絶対に見捨てるような事はしない。でも……オレに何が出来る?)  考えが纏まらず、出口を求めて思考が渦を巻いていくようだ。 「それでね。さっきまでまさかと思っていたんだけど、さっきの変異種。あれは亡くなった女の子の技能に似ているんだ」  とうとう堪えきれず、ユイナの頬を光るものが流れ落ちた。 「ユイナ……大丈夫ですか? 辛いなら、落ち着いてからまた後日聞かせて頂いてもいいのですよ? 事が事です。わたくしにも力にならせてください」 「ありがとうございます。でも、大丈夫です。最後まで話させてください」  そして「話さなければいけないんです」と潤んだ目で皆を見つめた。 「……わかりました。それでは、その亡くなった方が持っていた技能というのは、どういったものだったのですか?」  ユイナは、技能の正確な名や詳しい能力は知らないんだけどと前置いてから、話を続けた。 「その能力は、動植物の変異種を創り出して使役する力なんです」 「なるほど。さっきのゴブリンジェネラルの変異種は、そいつが創り出したんじゃないかって思ってるのか? でも、さすがにそれは考えすぎじゃないのか? ライアーノ領(ここ)は聖王国に近いとは言え、エインハイト王国だぞ」 「そうだと良いんだけど……ボクたち召喚者はね。魔力を感じ取る能力がみんな優れているんだ。それで、さっきボクと同じ召喚されたもの特有の魔力を感じた気がしたんだ」  そんなまさか? 気のせいじゃないのか? そう言って安心させようとした時だった。 「新垣さん、思ったより鋭いじゃないか~良い話を聞かせて貰ったよぉぉ~」  慌てて声のした方を振り向くが、そこには誰もいない。 「何者だ!?」 「トリス! 気を付けなさい! 気配遮断よ!」  オレとリズが抜剣し、辺りを警戒していると、突然、笑い声が聞こえてきた。 「へぇ~! すごいじゃん! 戦闘メイドってやつ!? うわっマジかっけぇ!」  軽薄そうなその言葉と共に徐々に気配が感じられるようになると、ついで輪郭が定まっていき、やがて一人の男が現れたのだった。
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