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序章「石」
相模郡足柄
「ばば。あれはなに」
初夏の風が吹く愛川の河原。
まだみっつか四つと見える幼女が、川べりに立つ石とも地蔵ともつかぬものを指差して手を引く祖母とおぼしき老婆に尋ねた。
「あれか?あれはの。昔むかしこの地を守ったと言うおとめとおのこを祀った石じゃと言われとる」
答えながら白髪をひっつめ髪に束ねた老婆は幼女の手を引いてくだんの石に向かう。
「おとめ?」
幼女は首を傾げる。
「いつか、お前にも見目好いおのこが現れて添い遂げるんじゃよ」
老婆は微笑みながら幼女に言って石に手を合わせた。
祖母の言葉の意味も分からぬ幼女も祖母を真似て石に向かって手を合わせた。
真っ青な空の下、たまに銀鱗も覗く平穏極まりない風を受けて幼女は祖母の言葉に思いを巡らす。
(おとめ?……おのこ?……添い遂げる?……)
初夏の河原に、平穏を匂わせる草の息吹と川のせせらぎが少女のまだ赤い頬を優しくなぜていた。
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