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扉を開けてからしばらく、ピアノの音色に引き込まれていたが、ピアノが止んだ瞬間に勇気を出し、「あの!」と声をかけてみた。
流れる沈黙
募る違和感
声が小さくて聞こえなかったのかな…
「あの!!」
半ば叫ぶような声を出しても、その少年はビクともしない。
話しかけられたくないのかな、と思いつつ近くまで行き、少年の視界に入ると、何を驚いたのか目を白黒させていた。
「素敵な音ですね。私、この曲が何かすらもわからないんだけど、それでも惹き込まれ…」
話し出すと、少年は私の話を目で制し、メモに何やら書き始めた。
《すみません、僕は生まれつき耳が聞こえなくて、会話はできません》
正直、衝撃的だった。
耳が聞こえなくても、あんな演奏ができる人がいるのか。とも思った。
私が何か言いたげな顔をしていたのか、少年は紙とペンを渡してくれた。
《とても素敵な音色ですね。惹き込まれました。この曲もゆったりと、壮大な感じがして素敵です。この曲はなんという曲なんですか?》
明らかに音楽の知識のなさが露呈する発言だったが、少年は嫌な顔一つせずに書き返してくれた。
《亡き王女のためのパヴァーヌ、です。僕が、世界で1番美しいと思っている曲。》
生まれつき耳が聞こえないのに、この人はなぜ、こんなことが言えるのだろうか。
ふと浮かんだ疑問は、少年が再び弾き始めた美しい旋律に溶けて消えていった。
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