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それから私は、毎日、放課後には音楽室へと通った。
二人でいるのに、お互いに声を発することは無い。ただ、メモに書かれた短い言葉同士で会話をし、彼のピアノに聴き入るだけ。
私はそんな、他の誰とも経験したことの無い距離感に酔いしれていた。
彼は、深入りをしようとするとすぐにすり抜けてしまう。
連絡先も、自分の名前も教えてはくれない。
同じ学校の、耳が不自由な生徒。
知ろうと思えば、名前くらいは知ることが出来ただろう。
でも、なぜだか、知りたいという気にはならなかったのだ。
「交換日記、しよう。」
彼が突然そう書き渡してきたのは、私が通い始めてからちょうど2週間がたった日のことだった。
「僕が弾いた曲の感想でも、その日に食べたご飯の話でも構わない。取り留めのない会話をしよう。」
妙に堅苦しい表現で書かれたメモに、私は返事を返さず頷いた。
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