ひみつのホットミルク

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「私のママが昔つくってくれたんだ」 晶さんの母親は、彼女が中学生の時に病気で亡くなったらしい。 「飲んでみて。すぐ眠れるから」 おそるおそる口に含んだホットミルクは、ほんのり甘かった。 「はちみつ……?」 「正解」 晶さんは嬉しそうに笑う。 思えば母も美人ではあったが、晶さんはまた違う美しい人だったと思う。 母が百合だとすれば、晶さんは薔薇のようで。微笑みかけられたらうっかり気絶する人もいたのではないだろうか。 母で耐性があってよかったと今では思う。 「私ね、ママに言われて昔は色んな習い事をしてたの」 「ピアノに、そろばんに……バレエはすぐにやめたけど、書道もあったな。あと水泳も。ほかにも華道、茶道……もう思い出せないな。とにかく無節操に色々やってたのね。でも、どの習い事をしても発表会や試験が必ずあって。前日になると緊張して眠れなかったんだ。どうしようってソワソワしちゃって……寝付けなくて」 「一緒だ」 「そう、一緒」 「なんでやめちゃったの?」 「ママの手術や治療にお金がかかるって聞いて、全部やめた。ママは最後まで怒ってたけど、私は少しでも長生きしてほしかった……なーんて、ママのせいにしたけれど。本当はやりたくなかったんだよね、全部」 「嫌だったものをそれでも続けていたのはなんでだと思う?」 わからなかった。 俺は嫌でもやることが当たり前だったから。 「よくできるとママが褒めてくれたの。でも、病気が進むと起きるのもやっとで……褒めてもらえることもなくなってさ」 「最近誰かに褒めてもらえた?」 レッスンでも怒られてばかりで、そういうのはなかったから首を横に振る。 「なら、私が褒めよう。明日のお仕事、よくできるといいね」 頭を数回撫でられた。慣れてないような、何とも言えない手つき。 マグカップの中身はまだ残っていたが、飲みすぎるとよくないからと没収されてしまった。 それからすぐ体がポカポカしてきて、うとうとして。 「おやすみ」と聞こえた気がしたがたぶん気のせいだったろう。 目を開けたら朝で。自分の部屋のベッドの中だった。 翌日、ドラマの撮影は行われた。 放送は、もちろん晶さんと一緒に見た。 恥ずかしかったけれど、「すごいね、がんばったね」と不器用ながらも褒めてくれた。 あまり納得のいく出来ではなかったけれど、放送終了後に「あの子は誰?」とたくさんの反響をいただき……その後もたくさんの演技のお仕事をいただいた。 ◎ あの日から十一年。俺は二十一歳になった。 今は母の個人事務所を離れ、大手芸能事務所に俳優として所属している。 有り難いことに二世俳優として演技の仕事や今ではバラエティー番組にまでレギュラーで出させていただいている。ファンクラブもできた。 私生活では成人を機に一人暮らしをはじめて一年が経ったが、いまだに料理はできずにいる。 明日着るスーツ一式を確認する。 合わせるのは成人した時に晶さんからもらったネクタイだ。 靴磨きも終わってしまった。 今晩はもう、やることがない。 招待状を確認する。 明日は晶さんの結婚式。 ブランデーの入ったホットミルクをすすってもまだ、眠れそうになかった。
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