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嵐のホットココア
台風が迫った雨風の強い夜。
ピンポンというドアチャイムと一緒にもうひとつの嵐が、一人暮らしの我が家に訪ねてきた。
高校の制服である白いシャツはずぶ濡れで、中に着ているTシャツが透けている。
びちょびちょになった根がまだらに黒の金髪は濡れたことによって長さを増し、瞳を隠していた。
「寒い」
一瞬誰かとも思いもしたが、声でわかった。濡れ鼠を追い返す訳にもいかず、仕方なく玄関の扉を開ける。
◯
「紹介したい人がいるの」
そう言って母から紹介されたのは、よくテレビで見る見覚えのある男性とその息子だった。
私が中学生の時、母親が再婚した。
相手はタレント活動もする俳優さんで。トラック運転手だった母とはテレビ番組の撮影で知り合ったらしい。
ヒッチハイクだけで目的地に向かう旅番組で、困っていたところを母が拾い、
長距離を運転するなかで互いの子育ての話になり意気投合したらしい。
二人は連絡をとりあうようになり、娘にも内緒の交際に発展。
そして私だけ何も知らされないまま再婚。
あれよあれよと新しい父親とできてしまった血の繋がりのない弟との新生活がスタートしたのだった。
それから十年。
母の相談なしの再婚を機に拗ねてしまった私はなんとなくで高校進学、友達の甘言に誘われ専門学校を経て今は仕送りをしてもらいながらアパートに一人暮らしの絶賛フリーター生活をしている。
そして先程の金髪濡れ鼠こそ
久々に会う再婚当時七歳か八歳だった血の繋がりのない弟殿であった。
◯
ずかずかと入ってきたと思えば、
発したのは「お風呂どこ」だった。
「まずはお邪魔しますでしょ?」
と言ったら無視された。
風呂の場所しか求めて無い、と。
教えないなら探すと言いたげに靴を脱いで濡れた靴下のまま上がろうとしたので
私は風呂の場所を白状した。
数十分後、腰にバスタオル一枚巻いて風呂から出てきた時には親譲りの色気に不意に倒れそうになったが「元カレの服とかないの?」の一言で気を持ち直した。
「残念ながらありません。風邪ひかないように毛布でも巻いててください」
目に毒であるこの状況を回避するため、客人用の布団を引っ張り出すついでに出した毛布を渡した。
「……なんか冷たくない?」
「一応室温上げたけどまだ寒い?」
「いや、室温はちょうどいいんだけど」
首を傾げると弟殿は深いため息をついた。
ため息をつきたいのはこっちのほうである。
電車や各種交通機関は麻痺していて。
今後の雨量によっては避難情報が出てもおかしくない状態である。
さっきスマホを覗いたら今さら母からメッセージが届いていた。
颯太(はやた)くんが帰れなくなったから泊めてあげて、と。
もっと早く知らせてくれよ。
弟殿がチラリと私の手元のスマホを見る。
「スマホ換えた?」
「換えましたね」
「俺、新しい連絡先知らないんだけど」
「教えてないからね」
弟殿が黙り込む。
私が家を出た理由。
それはこの弟殿、颯太のせいである。
「……教えてよ」
「嫌です」
「なんで俺じゃダメなの?」
数年前にも聞いたセリフ。
似たようなシチュエーション。
また繰り返すか、アレを。
「彼氏いないんだし、いいじゃん」
「お邪魔しますも言えない人は却下です」
ぐぬぬ……と効果音が付きそうな悔しがりかた。
「母さんは私たちがケンカしてるだけだと思って仲直りさせようとしてるけど、私は仲良くするつもりはないからね?」
母は私たちがケンカをしたと思っているが、実際は違う。
「もう俺、十八だよ? 結婚もできる年齢だし、血も繋がってないんだから少しくらい考えてくれたっていいじゃん!」
「好きじゃない人に言い寄られても迷惑なのはご自分がよくわかっていらっしゃるのでは?」
数年前、私は弟殿から告白をされごめんなさいをした。
それからはもう私は気まずくて気まずくて弟殿から逃げるような暮らしを続けてきた。
あれから時間も経ったし流石にもう水に流してくれてると思いきや思いきり燻ってたのには笑うしかない。
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