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甘い時間はこれから(仮)
左手がおもちゃにされている。
久々に早く帰れた日の夜のリビング。
夕食を終え、彼と2人のんびりとレンタルしてきた映画を見ていた。
彼は映画に興味がないようで、最初は手持ちぶさたにマッサージしてくれていたはずなんだけれど。
揉まれていたはずの左の手のひらは、今は彼の頬に擦り付けられている。
「……何してんの?」
「見ればわかるでしょ」
「わかんないよ」
沈黙。
流れるのは映画の音声。
「……なら、いいよ」
何だか少し残念そうに肩を落としているが、左手はまだ離してもらえていない。
友人から恋人の関係になったのは数ヵ月前。
一緒に暮らしてはいるが、友人関係の時からのルームシェアの延長線上にいるのは否めず……
彼が恋人ということに私は未だ実感がない。
仕事が繁忙期で残業続きだったのもあり、彼にさみしい思いもさせたと思う。
私が遅くに帰って来るのを彼が待ってた日があった。
待ってなくていいから前みたいに寝ててなんて言ったらあからさまに拗ねられて。
許すかわりに同衾を迫られた。
普段洋室の彼はベッド、私は和室に布団を敷いて別々に寝ていて。
彼から夜のお誘いがあった日は、ベッドで一緒にがいつの間にかお約束になっていた。
だからその日も「するの?」と聞いたら「ヤりたいから一緒に寝てる訳じゃない」とさらに怒られて。
朝までずっとぎゅっと寝返りもうてないくらいに抱きしめられたのも記憶に新しい。
思っていたより彼がさみしがりやで甘えたなことに気づいたのはその時だったかもしれない。
「映画が終わるまでこのままなの?」
頷く。
「……わかった」
そういえば再生しっぱなしだったな。
左手は彼の頬に添えられたままなので、右手のみでリモコンを操作する。
視線を画面にうつし、話がわかるとこまで戻す。
なんだろう。
さっきより大人しい。
揉みもしなければ、また擦り付けをはじめるわけでもない。
ちらりと盗み見るはずが、目ががっちり合った。
「映画、見なくてもいいの?」
クスリと笑う彼から目が離せない。
彼の唇が手のひらに触れる。
キスされている。てのひらに。
何度も。脳では理解していても、どう反応していいのかわからない。
左手はもうなすがままだ。
拒まれないのをいいことに、唇で食むように手首にも――。
「まって」
柔らかく湿った感触で正気に戻って、なんとかストップをかける。
ここでちゃんと止めてくれるのは、彼のいいところでもある。
離れた唇は満足げに両端をあげていて。
彼はニコニコとこちらを見ている。
「もしかして、さっきから私に夜のお誘い……してたりとかします?」
「あたり」
急に抱き寄せられたと思ったら、吐息が耳にかかる。
「今日は一緒に寝よう?」
耳元で低く囁くのは反則だ。
「なんでこんな時だけムダにいい声……」
「むしろここが使い時でしょ」
唇が耳に触れて、わざとらしい短いリップ音が響く。
耳から流れるように首筋を伝ってきた唇は、そのまま喉にもチュッと音をたてる。
「ベッドに行こう?」
「……うん」
映画は途中のまま。
甘い夜はこれから。
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