大人の味

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 8月下旬。夏休みの終わりが現実味を帯びると同時に、暑さがいくらか和らいだ頃。農地の外れにある雑木林から、興奮を孕んだ声が鳴り響いた。 「やったやった、見ろよトウマ! これオオクワガタだぞ、オオクワ!」 「うわ、ほんとだ! 凄いなぁ!」 「くっそ失敗した。こんな事なら虫カゴ持ってくりゃよかったぁー!」 「とりあえず家に着くまではさ、ビニル袋に入れとこうよ」  トウマとシンジロウは、すっかり日常を取り戻していた。大木を相手に終わり無き戦いを挑み、豊かな自然の中で虫探しに熱を上げ、全身全霊で遊び回る日々が。彼らは何の疑問も抱きはしない。陽の高いうちに疲れ果てるまで駆け回り、暮れてしまえば早々と眠るのである。どこまでも年相応に。  些細な偶然が重なった事で始まったひとときの情熱。そして結実しえなかった努力。それらは果たして無駄なものだったのだろうか。  いや、そんな事は無い。経緯はどうあれ、独力で苦手なものを克服した事実は、長い長い人生の中でささやかながらも美しい輝きを放つのだから。少なくとも彼らの両親は、息子の成長ぶりを心の底から喜んでいた。
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