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「『覚悟しておいて下さい』か・・・」
青年医師が去った後、出された朝食を何とか胃の中に収め、桐生は呟く。
先日顔を見に来た協会の人間も、妻については何も言わなかった。その沈黙が答えなのかも知れない。
桐生の運転する車に居眠り運転の車が反対車線から衝突してきたのは、高速道路をちょうど降りた時だった。
『あれ?あの車、何か変な動きじゃない?』
妻がそう言った次の瞬間、その車がこちらに迫ってきたのを覚えている。確か、最後の記憶は助手席側のフロントガラスに車が突っ込む場面だから、妻は確実に自分より重症だろう。
「美佳(みか)・・・」
忙しい日々の中 自分を労り、稽古で役に煮詰まる自分に『海へ行きたい』等と、さも自分の我が儘のようにねだる彼女の姿が、目を閉じれば今でも瞼の裏側に浮かんでくる。
「逝かないでくれ・・・」
目尻から落ちる涙を隠すように、右腕で瞼を覆い呟いた。
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