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甘味な毒(Ⅳ)
何時もナル先輩と呼んでも、ナル先輩の名字は違ったりする。ナル先輩の名字は鳴瀬。
そのナル先輩との出会いは、明久が初めて教室から抜け出した時の事だ。
所謂、サボりだ。
明久は授業が始まる前にこそっと教室から離れ、サボれる場所を探しに学校を探検する。
勿論、探検団員は1人だけ。他の生徒達は、始まりのチャイムが鳴ったのでまともに授業を受けている。
ようあんな長ったらしい話を聞いてられるなぁと呆れてしまう。明久にとって教師の一人語りは苦痛でしかない。
昔から勉強が大の苦手で、教師の言いなりになりたくないという反発心から今回のサボりは始まる。
自分の教室から歩いて大分遠ざかった。誰も居ない廊下。誰とも鉢合わせないように通っていても、シーンとした静けさが凄く感じる。
冷房が完備された多目的教室や図書室などとは違い、クラスごとに割り振られた教室は冷房がない。あるとすれば、左右の壁に設置している扇風機くらいで、室温を下げている。
だからか、廊下の窓も度々空いていたりする訳で、微かに感じる外の風が廊下へと流れてくる。
明久は授業が終わるまでに探検しようと思っていた。
空き室があるのかも分からずに、ただ廊下の道を歩いて回る。
『もし、廊下の角を曲がって教師が居れば』や『もし、歩いた先に教師が居たら』と想像も少なからず脳内で浮かんでいた。
教師にバレたら怒られるという最悪なタイミング。絶対逃れなければいけない試練だ。
何故か、撃ち合いをするゲームの感覚になり、緊張と楽しみだした。
どこか空き室がないかと教室を通る度に、人気がないか確認する。隠れながらドアのガラスを覗き込む。
確認を取れたのなら、いざドアが開くかの確認をする為に恐る恐る手を伸ばした。
(ここは・・・・・・ドア、閉まってるな)
残念ながらドアが開くか触ってみても、ドアはピクリとも動かない。
空き室なんて、どこも閉まってるんだろうなぁと頭を掻き毟り諦めがちになる。
(あー、ちくしょう。教室に戻るしかないのかよ)
完全に諦めかけていた、その瞬間。何かに腕を捕まえられ、勢いよく引っ張られる。
やばっ、と声を出しそうになるけれど必死に自力で口を閉じた。
一瞬で浮かんだ物は、『教師』だった。想像でしかない予想で明久の背筋がぞっと震え、背中が涼しく感じた。
「お前」
明久に対して言ったのかは分からない。でも、どこかの部屋に無理やり連れ込まれたのは本当だ。
「うわぁ」
声が若々しく低めのトーン。腕を捕まえられた時に相手の握力でピリッと痛みが走った。
部屋に入るとすぐさま相手は手を離し、やっと相手の乱暴さに解放される。
けれど相手は続けて振り返るなりこう言った。
「しーっ! 静かにしてろ」と。
明久は立ち尽くし何も言えずにいた。相手の背中しか情報がなかったのに、相手から姿をさらしたのだから、そりゃあ驚いた。
相手の顔をじーっと見つめても、反応が薄い。
その反応にけして怒っている訳でもないと分かった。
相手は見るからに男。ここの学生で同じ制服、ネクタイは赤い。知りえた情報で分かる事は、学年ごとにネクタイの色が違う為に相手は1つ年上だというくらいで、一体この男は誰なのか特定が出来ない。
ずっと見つめてくる明久が気になり、男は距離を置く。何も発しなかった明久の代わりに男が話を振ってみる。
「全くちゃんと授業くらい受けろよ」
男の言葉でハッと我に返る。この男が誰なのか、それだけに集中をしていた為にそこまで考えが及ばなかった。
「それはあんたもじゃないすか、今授業中」
こいつだって学生だろ? 人の事を言えないじゃないか。
男の顔を睨みつけ、同罪だという想いを込めて男を噛みつくように言い返した。
「あ、そっか。あんたって俺の方が先輩な」
あっさりと1人で納得をするけれども、明久の言葉に気になる部分があったらしく明久にツッコミを入れた。
知るか、と細かい事を言う男に対して面倒くさそうに返す。
そんな無愛想な態度を堂々とこの男に見せたのは、即後悔する事になったのだった。
「じゃあ、他の空き室を探すか? まあ、あるかどうか分からないけど」
別の場所を提案されるけれども、あるか分からないという安易な考えをする男にイラついてしまう。こいつ、絶対意地悪だ。
でも、他に行くあてもないし折角目の前に現れたとっておきの空き室を手放すのは惜しい。
くっ、と顔を逸らし苦い表情を見せないようにした。後戻りが出来ない、この危機的状況に男の言う事を聞くしか他はなかった。
顔を逸らしたまま、頭を下げて男に願いを乞う。
「せっ、先輩・・・・・・どうか俺にもここを貸して下さい」
辿々しい話し方で、一旦口が止まるとまた声に出した。
人に頭を下げるのは嫌いだ。男の表情が見えない分だけ余計に屈辱が湧く。
「素直はいい子だ。了解、よろしくな」
頭の上から振ってきた言葉に驚いた。
まさか簡単に承諾してくれるとは、逸らした顔が男の方に戻る。
面白い物を見つけた感覚ではにかむ男、嬉しそうな顔をしてきた。
きっと駄目だと思っていたからか、男が何だか優しい奴に見えてしまった。
「了解す、先輩」
明久は耳全体が熱くなりながら、恥ずかしさを出す。
こんな軽くやり取りを先輩と授業をサボった回数だけ空き室で重ねてゆく。
それから2人は悪友になり、空き室で駄べったり暇を持て余していた。
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