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1.古民家
妻の実家にやってきたのは結婚の挨拶以来のことだ。
クマゼミの体音が家を取り囲むクスノキから響き渡る。
修太郎は一人息子の手を取り、背中には大きなリュックサック、空いた手には菓子箱の紙袋を下げ、港から妻の先導でここまで歩いてきた。
ガラガラと玄関扉を妻が開けると、一人息子の亮介は修太郎の後ろに身を移し顔だけを妻にのぞかせた。
古民家という名にふさわしい大きな屋敷の奥から義理の母がこちらへと近づいてくる気配を感じる。
妻は両手の荷物を玄関先に置き、修太郎と亮介を振り返る。
「さ、早く入って、入って」
マンションで生まれ育った亮介が子どもながらに恐怖心を抱くのも無理はない。
修太郎でさえ、玄関から続く長い暗がりの廊下の先と刺すほどに太陽が降り注ぐ玄関先との違いを嫌というほど感じていた。
および腰の男二人をよそに妻は腰を下ろして靴を脱ぎはじめる。
修太郎は亮介を伴って玄関扉をくぐった。
「おかえり、おかえり」
義理の母の声が暗がりから聞こえ、しばらくしてやっと姿をはっきりと認識できた。
「亮介くん、いらっしゃい」
亮介はこわごわと玄関の中を見回していたが、テレビ電話で見覚えのある顔を見つけて少し安心しはじめたようだった。
「亮介、おばあちゃんにご挨拶は」
修太郎もすっかり落ち着きを取り戻している。
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