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2.猫
廊下を抜けて奥の座敷にある仏壇に手を合わせる。
「亮介、おじいちゃんだよ」
「ボク、会ったことないよね」
「そうだな、パパもお会いしてないからね」
ろうそくのほのかな明かりとお線香の香りが座敷に広がる。
「あ、猫」
亮介は座敷の奥の庭を指差した。
一同が庭に目を向けると、庭石の前で猫が気持ちよさそうに眠っている。
「うちの守り猫じゃからね、昔から」
「ここに私が住んでいた頃にいた猫の子どもなのかな」
「たぶんそうじゃろうねえ」
足音を忍ばせて縁側へと向かう亮介を目で追いながら妻が続ける。
「うちで飼ってるわけじゃなく、近所の野良猫なんだけど、昔からあの場所がお気に入りのようなのよ」
「あん人の作り話、まだ覚えてるんかい?」
「そうそう、よくお父さんが言ってたね」
妻は天井をちらっと見て、修太郎に何か目配せをしてから話し始めた。
「あの猫の眠っている場所は違う世界への入り口なんだって」
「違う世界?」
修太郎は妻の目配せの意味がさっぱり見当がつかなかったが、妻の横で義理の母も懐かしそうに微笑んでいる。
一人きりの縁側に心細さを感じたのか亮介は座敷に座る修太郎にしがみついた。
「そう、違う世界。異次元というのか、一度、その入口を通ってしまえば簡単には戻ってこられない世界があの場所の先に広がっているんだって」
「子どもを怖がらせるためにお父さんが創ったのかい?」
「たまに家の物がなくなることがあって、失くなったものはあの入り口に吸い込まれたんだろうって言ってたわね」
義理の母も頷いてみせる。
「お父さんの片方の靴下がなくなったこともあったわよね」
「仕事終わりのあんな臭い靴下を誰も盗むわけなかろうにね」
修太郎はお風呂の排水口に渦を巻いて流れる水の流れを頭の中で想像し、猫が眠っている庭石の前の空間に家の中の物が吸い込まれていく映像を思い浮かべていた。
「あの猫が違う世界の入り口を塞いでくれているってことか」
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