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およそ二年前。
男はカッとなり女の首を絞めて殺した。
場所は女のアパートだ。
飲み屋で偶然知り合った女で、その後も二、三度、同じ飲み屋でばったり会った。
長い黒髪と控え目な性格に惹かれ、男はときどき、女のアパートに通うようになった。
深夜に突然寄っても、女は文句の一つもいわず、酒とつまみを出してくれた。
つまみは冷奴だ。
ひんやりと冷やしたやっこに、かつぶしとすりおろしの生姜。
薄口醤油をさっとかけて、箸でさくっとすくい口に放り込む。
醤油の甘みとまざり鼻に抜ける生姜。
冷えたビールで流し込むと、汗と一緒にだるさも引く。
美味そうにやっこを頬張る男に、女も酒を呑み、付き合ってくれた。
男の勝手だが、いい女だった。
それを男は、カッとなって殺した。
男は女の死体を放置して逃げた。
女のアパートは古く、周りも古いアパートしかない。監視カメラも目撃者も無く、男に捜査の手がおよぶことなく、二年が過ぎた。
女を殺してから一度、アパートの近くまで行った。通夜の晩だ。
遠目から覗いたが弔問客も少なく、寂しい感じだった。
遠くから手を合わせ「ごめんごめんごめんなさい……」何百回も口の中で、ぶつぶつ唱えた。
男は霊園の受付で献花を買い、女の墓がある区画番号を訊き、墓に向かった。
緑に覆われた、ひとけの無い暮石の群れに陽光が照りかえり、それでもこの日は無風だった。
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