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昨日まで沢山の人が墓前に参ったんだろう。
女の墓までの道すがら、綺麗な生花やお供物が、静かな石畳に華を添えている。
女の墓が見えてきた。あと二十歩ほど先だ。暮石の両脇には、鮮やかな黄色い菊。
昨日あたり誰かが墓参りに来たんだろう。
まったく勝手だが、男はほっとした。
金子家。
そう書かれた暮石の前に立ち、手を合わせようとしたとき、男は墓石の下の供物にぎょっとした。
冷奴があった。
暮石が堕とす暗い影に、まっ白い冷奴。
半丁ほどの大きさで、まだ水々しい。
ついさっき、パックから取り出したようなそれは、暮石を支える御影石の上に、じんわりと水分を広げている。
女の墓前に来るまで、誰ともすれ違ってない。
だれが置いたんだ……
手を合わせることも忘れ、男が呆然としていると、さあっと風が通った。首の後ろを。
冷たい手で首筋をひと撫でされたように、ひんやりする。
頭蓋骨と首の骨をつなぐ窪み。
盆の窪。
盆の窪に寒気を感じ、思わず右手をやる。
後ろの気配に導かれるように、男はゆっくりと、首を後ろに回した。
誰もいるはずは無く、またしんと、風がやむ。
ほっとして墓前に眼を戻した男は、次の刹那「あ……」漏らす。
墓台にてろんと置かれた冷奴の角が、ちょうど一口分、削れている。
かじったような、歯型の跡。
盆の窪から背筋に悪寒が抜け、思わず手を合わせ、ぶつぶつと、謝罪の言葉を唱えた。
自分の宗派も知らないが、なんまんだぶといった。
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