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第104条
「ピッ、よしこっちは準備出来たぞあとは落とすだけ」
黒井がスマホをこちらの方に向けて喋った。
動画を取るために。
僕は赤いスーツケースのチャックを少し下げた。そして次はスーツケースの取っ手の部分に手をかけて海に落ちるギリギリにそのスーツケースを置いた。
微かにそのスーツケースの中から声が聴こえるでも何が言いたいのかはっきりとは聴こえない。
ずっと、んーんーんーと嘆いている。
すると「ゴー、トゥー、ヘブン!」
黒井が左の親指を上に上げて言った。
その合図を聞くと僕はそのスーツケースの真ん中目掛けて自分の足の土踏まずで思いきり押すような感じで蹴った。
スーツケースが空中でゆっくりと1回転して海にドシゃんと波しぶきを立てて落ちた。
流石にこの距離になるとスーツケースからうめき声は聴こえないが僕の頭の中でヤツの絶望、恐怖、困惑が混ざった声が妄想ながら背中が痒くなる感じで響き渡る。
「ピッ…よし動画終了。じゃあ行くぞ。」
ここからはいつもの流れでタクシーを拾っていつもの場所に向かう。
運がよく大通りに出て5分くらいでタクシーを拾えた。
タクシーに乗って黒井が黒のジャケットのポケットからハンカチを出してこめかみ辺りの汗を拭ぐってから言った。
「奈良警察署までお願いします。」
奈良警察署に向かってる間のタクシーの中は外の車の走る音が鮮明に聞こえるぐらいに静かで、タクシーの運転手もさぞかしこの場の雰囲気に気を使いたくなくても使ってしまうだろう。
タクシーに乗って約15分で奈良警察署前に着いた。
奈良警察署の中に入ると僕達は階段で2階に上り目的地の二階会議室Bホールのドアを開いて中に入った。
中に入ると長机がありその長机の後ろに警察服を着た男性4人が偉そうに座っている。
一人は腕を組み僕たちを睨みつけるように見ている、また一人は足を組み後頭部を両手で支えるようなポーズでこっちを見ている。他の二人は態度にはでないが発する雰囲気で不機嫌そうなのが伺える。
「遅いね〜、君たち予定時間から40分も遅れてるよ。私達だって暇でここに居るわけじゃないんだよ?忙しい合間の合間を縫ってここに座ってるんだから。しっかりしてくれよ社会人。」
最初に腕を組んで睨みつけるように僕達を見ていた永井さんがこれまた憎たらしく言葉を発してきた。
永井さんだって忙しいとか言ってるけどたかが冷房の効いた部屋で椅子に座って書類をチェックするだけの仕事だろ?どこが忙しいんだよ。たったそれだけの仕事が忙しいって言うなら今頃日本人は過労死してるな。
「すみません。ちょっと処分に時間が掛かってしまって本当にすみません。」
黒井が頭を何度も浅く下げながら永井さんを含めあとの3人に謝罪した。
僕も一回だけ頭を下げた。
この人らに何度も頭を下げるほど僕はこの人らの飼い犬では無いからな。
「そんなこといいから早く映像を見せてくれよ。」
また永井さんが憎たらしくねちっこい感じで喋った。この人は口を開けば憎たらしいことしか言わないな。
「はい、すみません。それでは今から始めさせていただきます、おい安倍繋げ。」
黒井の口から僕の名前が呼ばれたので僕は履いていた長ズボンのジーパンのポケットの中から例の動画を撮ったスマホを取り出してそれをあらかじめテレビに繋げてあったコードに挿した。
その動作が終わったことを確認して黒井が
「準備が出来たので始めさせていただきます。それではまずこちらをご覧ください。」
僕は動画の再生ボタンを押した。
テレビに映っているのは昼時でラーメン屋でラーメンを食べている標準体型より全体的に少し体がデカイ一人の男がラーメンを吸い込むように食べている映像が映っている。
「こちらの男性が今回の処分対象となっている矢部真也、27歳です。」
次に流れたのはその矢部が働く仕事場だ。
映像は木材に釘を刺してそれをトンカチで叩いたり、いかにも重そうな横に長い木材を肩に担いで運んでるところが映っている。
「これが矢部の仕事場です。まぁこれを見て分かる通り矢部は大工を仕事にしています。完成途中の一軒家の家を作っていますね。」
次に流れたのは恐らく仕事でミスをしたと思われる新人を矢部がその場に響き渡るくらいの大声で叱っている映像が流れた。テレビを通しても耳が痛いくらい声が大きい。
「そしてこれが矢部のやった証拠です。他にもあります。」
それと同じような映像が5本流れた。
「えー、これを見てわかると思いますが非常に悪質です。私たちはこの悪質な行為を憲法104条にもとづいて矢部真也を今日の午後処分致しました。」
次に画面に映し出されたのは暗い倉庫の隅っこの所でパイプ椅子に座らされている矢部の弱った姿が流れた。手首は椅子の後ろで縛られていて抵抗出来ないようにしている。足もパイプ椅子の足にガムテープでぐるぐるに巻いておいた。そして口にもガムテープで大声を出せないように塞いでいる。
勿論この弱らせておくのもちゃんと理由がある。こうしておくとスーツケースに押し込むときに抵抗が少なくサッと入れられるからだ。だから椅子に縛って殴り、蹴りをして相手を失神寸前まで追い込む。
次に流れた映像は矢部をスーツケースの中に詰め込んでいる所だ。矢部は普通の人よりガタイがいいからいつも使っているスーツケースより大きめなスーツケースをわざわざ買ってそれに詰めたんだよな。矢部は意識朦朧状態だったから詰め込むのにも時間はそんなにかからなかった。
そしてその矢部が入ったスーツケースと一緒にあえて人混みの多い商店街に入って目的地まで徒歩で移動した。
このあえてという意味は矢部に希望が絶望に変わる瞬間を味わらせるという意味を持っている。
人混みの中に混ざることによって周囲は勿論人の足音や、会話で溢れている。矢部はもしかしたら助かるかもしれない、だからガムテープ越しの何言ってるか分からない声を腹の底から出す。
だ・が、そんな助けも虚しくどんどんさっきまで聴こえていた足音や会話が無くなっていく。そうするとどうだ?助かるかもと思っていた矢部はさっきまでの威勢はどこにいったんだか、助けを求める声は小さくなっていきやがて聞こえなくなった。そうこれが希望が絶望に変わった瞬間だ。
これを味わらせることによって矢部に抵抗することも無くならさせる事も出来るし、精神破壊にも繋がる。一石二鳥。
そして人並み外れた港の一角でスーツケースを沈めた。その行動もちゃんと流れた。
ここにも少しばかりテクニックがあったんだよな。沈める前にスーツケースのチャックを少し開ける事によって海に沈めたときに少しずつ水が入っていき中で溺れる仕組みになっている。
矢部を襲ったときのテクニックも教えたいけどこれは極秘なのでね。
「これが全部です。何かご質問はありますか?」黒井が神妙な面持ちで四人に聞いた。
10秒経っても四人から何もアクションが起きなかったのを察して黒井が
「えー、何も無いようなのでこれにて矢部真也の処分についての報告を終わらせていただきます。」と早口ながら言った。言ったあともその場から足早に去った。僕もその後を追った。
「ちょっと近くの飯屋行こうや、腹も減ったし」
黒井がそう言うので僕も付き合うことになった。そしてその道中の車の中で
「まったくこれも大変な仕事だよな。いくら国が決めたことにしたって言い方悪いけどやってることは人殺しだからな。」
そうですねと軽く返事をした。あんまりこの人の話は興味はないからだ。
「日本も大変な国になったよ。だって立場が上の人がその立場が下の人に向かって怒ってみろ。下のやつが人間処分専門センターに駆け込んだらこうやって殺されちまうんだからな。」
「正直俺はこの日本が嫌いになった。こんな制度を持ち込んで何がしてぇんだか分かんねぇよ。でもこの仕事時給が超イイから辞められないんだけどな!言ってること矛盾してんなハハハ!」
僕は窓をみながら愛想笑い無理やりした。
早く家に帰りたい、早くゲームやりたいそんなことが僕の頭でいっぱいだ。
でもこんなことも考えている
この仕事は僕にとって天職だ。
死ぬ間際の人の声も聴けるし何より正当な理由で人を殴れるんだからな。
ストレス発散。しかもそれが仕事。
最高。最高、最高!
2077年
7月10日 第104条が生まれた。
社会立場が上の人が下の人に向かって暴言、見下すようなことをしてはならない。
してしまった場合は第104条にのっとり
人間処分専門センターにて
直ちに処分をする。
これが出来ると日本内からは批判の声も勿論上がったがそれをも上回って称賛の声が大半数を占めた。
これで立場が上の人は下の人に向かって良く接しなくてはならなくなった。相手がわざとミス、遅刻をしても怒ることが出来なくなった。
つまり社長、会長、社員は実質一番下の地位になり逆にパートや、アルバイトが一番上の立場になっている。
これが出来て2年経ったが
今現在で処分された人数は
144人。
女性、男性を含めてだ。
ちなみに人間処分専門センターの年収は
3000万だ。
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