骸の氷

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 夜になると木陰とか関係なく猛進できる。しかし念のために仮眠もとる。  何故、日が照る時に休憩しないのか、長時間仮眠をとれないのかというと、氷なんて貴重なもの盗まれる恐れがあるからだ。  少しでも長い時間、氷を運ぶか見張るかしないといけない。氷を守ることも氷職人の仕事だ。  横になっている時、ふと木箱に目がいった。木箱からは小さな水滴がこぼれている。  農民が卑しく集まるほど美味たるものなのだろうか、どれくらい冷たいのだろうか。  千丸はほんの少しだけ、その水滴を手ですくい、口に含んでみた。  その時のその絶品具合ときたら、多分一生忘れることはないだろう。水はこんなに冷たい状態で飲めるものなのだと感銘を受けた。  しかし千丸は踏みとどまり、眠りにつく。一度味を覚えてしまえば病みつきになってしまうと感じたからだ。今の一口は忘れてしまおうと、千丸は眠りに意識を集中させた。  すると、不明瞭だが薄っすらと夢を見た。  秋の炎天下にたたずむ千丸の背中に、冷たい手が伸びるのだ。まるで死人の様なその手は、暑さからか、心地よく感じた。  振り返ると、表情はよく見えないがそれは髪の長い女だった。  その女は、単衣のみを身に纏い、肩ではだけ、まるで乱暴された後のようだ。  怖さも感じたが、千丸は心配し声をかける。 「そこの女、訳があるなら申せ、顔をよく見せい」  その女は顔をゆっくりと持ち上げる。すると・・・。  日が昇らないうちに目を覚まし、身支度をする。どうしたものか昨夜の冷たさを忘れられないが、女の顔は全く覚えていない。木箱からは今でも水滴が滴り落ちている。  しかしここで欲を出してはならない。あんな卑しい農民と同じになってはならない。  千丸は我慢を覚え、再び歩みを進める。  ついでに学んだのは、貴重な体験をすると変な夢を見ることだ。
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